2004.02.22(日) にっき開店
内容は水産分野で国際公務員を目指す作者の奮闘記。とはいえ実現にはまだまだ時間がかかりそう。。。目下のところ、漁業のこと(現在漁師見習い)、青年海外協力隊(2004or2005年にチリへ漁業生産分野で派遣予定)が主になる予定です。その他適当な雑感も混じりますが。要は何でもありですね。。。ともかく三日坊主にならないように頑張らなければ。
この日以前の分は過去日記です。最近の出来事をテーマごとにまとめて見ました。
2005.01.02 (日) 新年
新年をどう過ごすかは各ホストファミリーによって違う。家で家族親戚が集まって静かに過ごしたり、花火を見に行ったり、自分のホストファミリーの場合はホテル主催のパーティーに友人と出かけたり。パーティーは30人くらいの結構こじんまりとしたもの。31日の9時くらいから始まって、静かに料理を楽しんでいる。結構海産物がたくさんあったので、自分はとても気に入った。特に生牡蠣まで食べられるとは思ってもいなかった。地球の歩き方にもチリの海産物、特にイクラ、ウニ、それから「loco」と呼ばれる巨大な藤壺が紹介されている。ホテルでの食事にはでなかったが、locoは本当にうまい。ちょっと砂利っぽいのが気になるけど、身はカニそっくりでミソみたいなのまで入っている。逆にこちらで「Jjaiba」と呼ばれている本物のカニは生臭いのであまりすきではない。
さて、そんな感じでなんとなく始まったパーティーも、12時が近づくにつれて徐々にボルテージが上がっていく。シャンパン、それからブドウが各テーブルに配られていく。こちらでは年が明けた瞬間にブドウを12個(1年=12か月分)食べて、明けたばかりの新年の幸せを祈願するらしい。なんか日本の節分みたい。他にも恋人を見つけたい人は異性とハグするとか、旅行をしたい人は旅行かばんを持って玄関を出るとか、いろいろ願い事によってパターンがある。
そしてその瞬間がいよいよ近づくと、いてもたってもいられないといった感じでみんな踊りだす。いつの間にか部屋の中央にあった食事は片付けられてダンスができるスペースが用意されていた。で、みんなで踊っている最中にカウントダウンがあってみんなでめでたく新年を迎えた。その後はひたすら飲んで踊る。そんなことしたらアルコールが回ってしょうがないと思うんだけど、こっちの人にとってはそれが普通なんだろう。結局その日寝たのは朝の5時。疲れた疲れた。でもこっちの人の新年の過ごし方が味わえてよかった。
ところで新年には「クンビア」という踊りを踊るということでちょっとだけ練習していったんだけど、特に決まったパターンもない感じ。音楽にあわせて適当に、まさに気の向くままにステップを踏んでればいいみたいだ。
2005.01.04 (火) 現地語学研修について
現地の語学研修も残すところあと10日余りとなった。
ここまでの感想を少し。研修の目的は語学力の向上はもちろんだが、それに加えて現地の生活に馴染むこと、とされている。
語学力の向上だけに関して言えば、正直日本にいる時とあまり変わらないのではないか、というのが大体の意見だ。まずKTC、日本で派遣前訓練中にお世話になる語学の先生は、初習者を短期間で、とりあえず生活できるレベルまでもっていくことに専念するプロだ。それに引き換えこちらの語学研修の先生は、もともと英語の先生で、それがピンチヒッター的に今回JOCVの語学研修に充てられているだけだ。だからスペイン語を第二外国語として勉強する人がどこで悩むかなど余り知らないのだろう。こちらに来る前にある程度基礎ができている人だと、難しいながらもそれなりに授業についていけるので問題ないが、そうでない人にとっては相当つらいのだろう。口頭の説明、渡される資料の量、語彙数など、派遣前訓練の時とは比べ物にならない。KTCでの派遣前訓練の場合、スペイン語クラスは20近くもあったので、それなりにレベル別に授業ができたけど、ここではチリに新たに派遣された人が基本的にはみんな同じクラスで勉強するのだから、生徒も先生も大変だ。
授業は4種類あって、Cultura chilena, Comunicacion Intercultural, Gramatica, Composicionだ。
このうち、Cultura chilenaとComunicacion Interculturalはチリの文化、社会制度、社会問題等を勉強している。この2つのクラスは語学がどうこうというよりはチリのことをより良く知ることが目的なので、みんなそれなりに楽しんでいる。もちろん、先生の説明を聞き取ることはそんなに簡単ではないけど。
GramaticaとComposicionはスペイン語の文法や発音などに重点を置いて勉強している。大変なのはGramaticaだ。派遣前訓練のクラス分けによっては、全ての文法事項をカバーせずに現地の語学訓練に臨む人も出てくる。その場合は、こちらにきて、全く新しいことをスペイン語で勉強することになるのだけれど、これがなかなか簡単ではない。おまけに先生の方もスペイン語を第2外国語として教えるのが専門ではないから、初習者にも分かるように簡単に説明することには慣れていない。Composicionの方は、なかなか実践的で、文章を作って添削してもらったり、発音の矯正をしてもらったりしている。Composicionと発音は本来関係ない気もするけど、これがなかなか役に立っている。特にKTCではあまり言われなかったけど、こちらで注意されたことは「R」と「L」の発音の違いだ。
英語の場合は日本語には「R」の発音がないといわれるが、スペイン語の場合は、日本語にはスペイン語の「L」に相当する発音がないようだ。だから「L」のつもりで発音しても、「R」と間違えられる、ということが起きる。スペイン語の「L」は舌を上前歯の裏に引っ付けて「ラ」の音を出すような感じだ。「LL」の発音は、とりあえず日本語では「J」に代用されるけど、実はこれも、舌を上前歯の裏に引っ付けたまま「ラ」の音を出すと本来の音が出せる。これは、ここで指摘されなければ、なかなか気付く機会もなかっただろうから、教えてもらえて非常によかったと思っている。(そうえいばKTCでも「Language advisor」のA氏が指摘されてました。さずがはLanguage advisor)
後は、語学に関しては、個人的にはそんなに得るものもなかったかな、とも思う。クラスの中で使われるスペイン語、それからホストファミリーがゆっくりしゃべってくれる時のスペイン語なら理解できても、町で普通に聞こえてくるスペイン語がさっぱり分からないのは英語の時と同じ。ま、これは実際使っていく中で慣れていくしかない。
現地での生活になれること、に関しては、正直特別にそのための期間を設ける必要もないような気もする。がJICAの方としてはいきなり単身で任地に放り出す前に、まずはホームステイの生活を用意してワンクッション置くという親心なのだろうか。自分なんかはそういう大変さ、スリルも含めて一人でやっていくことは別に苦痛にはならないので、特にそのための現地訓練は必要ないか、という感じ。最もチリのようにある程度発展した国で、日本とそんなに変わらないような暮らしができるから、そんなことが言えるのだろう。多分今頃ほかの国に行った人は相当大変な思いをしているだろう。
2005.01.09 (日) puyehue
というところにみんなで遊びにいった。バルビディアから東に、アルゼンチンとの国境に向かって車で3時間くらい。何にもないところに突然湖とホテル、キャンプ場が見えてくる。Agua calienteが売りの観光地だ。Agua calienteは一応「温泉」ということになっている。確かに地下からある種のミネラルを含んだ温水が湧いてくる、という意味では日本の温泉と変わらないけど、こちらでは男女区別なし、水着着用。プール場みたいであまりゆったり浸かる雰囲気ではない。水温は大体体温くらいだったろうか。早々に引き揚げた。こちらは夏といっても緯度も高度も高くて、太陽が照らないと一気に寒くなる。あいにく土曜日は曇りで、お湯から上がるとかなり冷えたけど、それでも温泉のおかげで体の芯が温まっているのが分かった。普段はシャワーだけで済ませているので、久しぶりに風呂に浸かった気が味わえた。チリには温泉がたくさんあるというが、どこの温泉も大体こんなもんなんだろう。
土曜日は8人でCaban~aと呼ばれるバンガローを借り切って泊まった。台所、シャワー・トイレ、テーブル・テレビなどがついて13,000ペソ=約2万円。一人当たり2000円ちょいと考えればまあそんなもんか。駒ヶ根のキャンプセンターを思い出した。駒ヶ根のキャンプセンターに行ったのは11月半ばでかなり寒かったけど、こちらでは初夏だったけど同じくらい寒かった。ただし薪のストーブがしっかりしていたので、室内にいる分には特に寒い思いをすることはなかった。逆に言えば駒ヶ根のキャンプセンターではストーブをつけても寒くて仕方がなかった。
帰りはPuyehueからOsornoまで2時間くらい、OsornoからValdiviaまで2時間くらい、3000ペソ=約500円。安い。これだけ安いんだからこっちにいるうちにいっぱい旅行をしておきたい。
2005.01.25 (火) 初出勤の日
1/9から一気に初出勤の今日まで、随分間隔があいてしまった。
順を追って書き留めると、まず15日にバルディビアでの語学研修を終了してサンティアゴに戻った。そして、それから昨日まではサンティアゴの隊員連絡所に泊まって、隊員総会なんかに出席した。サンティアゴでは時間はたっぷりあったんだけど、なにしろ人が多くて、個室もなくて、いまいち日記をつける気になれなかった。隊員総会後は日本大使館の新年?パーティーに招かれて日本食を御馳走になった。それから隊員同士の親睦を深めるという理由で、みんなでクラカビというサンティアゴ近郊の村に日帰り旅行にいった。確かに普段はまさに孤軍奮闘の隊員が一同に集まって話をする機会はなかなかない。そういう意味ではどんな人がチリで隊員として活動しているのかを知るよい機会となった。ついでに、クラカビはクッキーとかチョコレートとか、甘いものが名産品ということになっているが、ここにあるチョコレート工場は、ニューヨークにも支店を持っているという。本当になんにもない村に見えるが、実はこれで結構すごいのだ。
さて、そんなこんなでサンティアゴでは10日間ばかり日本人ばかりで生活して、いい加減スペイン語を忘れたところで、16-2の7名全員、昨日のうちに任地に向けて出発し、自分の場合は休む暇もなく今日から出勤しました。通常1月2月はチリでは休暇の時期で仕事にならないというけど、どうやら漁師のみなさんは例外。「休み(長期のいわゆるVacaciones)なんてものはないよ」なんてあっさり言われてしまった。他の人はどんな感じでやってるんだろうか?
コントラパルテ(Contraparte)のRさんは実に気さくな人。以前職場に来ていたJICAの専門家と働いた経験があるので、JICA事業やJOCVに対する理解もある人。その点は助かる。Cさんはここで出しているニュースレターの編集者。前述のJICA専門家が残していったという型の古いバカでかいデジカメがお気に入り。もう一台、最近のいいデジカメも持ってるくせに。
そしてチリ全土の零細漁民を一身に背負って立つDirectorのHさん。日本で言えば全漁連の会長さんみたいなものか。さすがに貫禄あるなぁ。なんかオーラが漂ってます。事務所で紅一点のMさんは一人だけ別の部屋で働いてて、なんかかわいそう。事務所のそばには水産物の加工工場があって、そこではPさんが工場長。いろいろ連れて歩いてくれて、説明もしてくれたけど、如何せん口頭ではごく単純なことしか理解できない。駒ヶ根でも、チリに来てからの現地語学訓練でも、スペイン語を苦痛に思うことはなかったけど、さすがにここでは勝手が違う。最初は自分のためにゆっくり丁寧にしゃべってくれるけど、すぐにいつもの調子に戻ってしまう。もちろん頼めば自分に分かるように説明してくれるけど、毎回そんなことをしていたら話がちっとも進まない。こっちがあの生の、Chilenismo(チリの方言みたいなもの)ばっかりのスペイン語に慣れるしかない。けどそれには相当に時間がかかりそう。久しぶりに結構打ちのめされました。あせってもしょうがないけど、ま、頑張るしかない。
2005.01.26 (水) 出勤2日目
今日もカウンターパートのRさんに迎えに来てもらった。バスを乗り継ぐだけなのだが、それでもまだ不安らしい。まあJICAの事務所からもしっかり面倒見てやってくれ、と言われているし。しかもチリのバスときたら日本のバスほど親切ではない。バス停なんてあってないようなものだし、仮にバス停まで行ったとしても、何時にどこ行きのバスが来るとか、そんな親切なものはありゃしない。ま、設置したとしても大方落書きでめちゃくちゃになるか、壊されるかするだけだろう。運転もすごく荒くて生きた心地がしない。聞くところによると、バスの運転手は歩合給だから、とにかく決められたルートを少しでも早く走って、少しでも多くの乗客を獲得するために頑張ってるんだとか。
そんなチリのバスだけど、日本のバスに比べていい点もある。まずどこでも止まってくれるし、どこでも降ろしてくれる。同じようなルートを走るバスが多いので、適当に乗ってもなんとなく行きたいところに着いてしまう。不便なようで実は意外と便利なバスなのだ。
さて出勤2日目はどうだったか。別に仕事と呼べるようなものは今のところない。以前に来ていた専門家の報告書を読んで、職場のこと、関係機関、これまで職場で行われてきたプロジェクト、これからやろうとしているらしいプロジェクトなどなど、情報整理ばかり。しかし周りを見渡すと他の人も別段仕事をしている様子もない。いや、全然ないわけではないのだろうが、「仕事してます」という雰囲気がない。ま、1月と2月のチリはどこもかしこもVacacionesの時期で、どのみち仕事は進まないものらしい。「3月になったら電話が鳴り止まないくらい忙しくなるんだから」というものあながち嘘ではないのだろう。ま、そう考えればいい時期に来たのかもしれない。忙しくない今の時期にしっかり職場になれておきたい。ところで今の職場は漁業組合と、それを取りまとめる全国漁業協同組合連合会の事務所が一緒になったようなところで、事務所のほかに船着場、レストラン、市場などが一緒になった総合水産施設となっている。今日は市場を案内してもらった。規模こそサンティアゴの中央市場に及ばないけど、さすがに並んでいる魚介類は新鮮そう。値段は詳しく見れなかったけどたぶんサンティアゴに比べれば安いのだろう。俄然、魚料理に挑戦する気が湧いてきた。それに加えて、専門家のレポートを読んでいると、いろいろな疑問とか、自分のできるかもしれないことなど、いろいろアイデアが浮かんでくるので楽しい。2年間のうちに自分に何ができるのか、まだまだ想像もつかないような段階だけど、今のところは職場の人と仲良くコミュニケーションをとって、報告書を読み漁って情報を整理してアイデアをためていくようにすればいいのかな、という感じ。
仕事の後は昨日と同じく買い物。ターゲットはCDラジカセ、料理道具。昨日はビーニャのセントロ(町の中心)の商店街を攻めたが、どうもこじんまりとした店ばっかりで、これという店がなかった。そこで今日はLiderとショッピングモールが合体したところに行ってみた。着いてびっくり、本当にバカでかいし、なんでも揃っている。東京や大阪の事情はよくわからないけど、少なくとも自分の住んでことがある倉敷、函館、それからポーツマスには間違いなくない規模のでかさ。多分札幌でもこんなにでっかいのはなかったんじゃないだろうか。結局CDラジカセは決めかねて諦めたけど、フライパンと鍋は、それから包丁は素晴らしいものを手に入れました。T-FAL。鍋でもフライパンでも、底の真ん中に真っ赤なマークがついてるやつです。当然テフロン加工付。なにしろ「家具・調理道具完備」のアパートなんだけど、安っぽいアルミですぐに焦げ付きそうな鍋とフライパンで、そのうえあんまりきれいではなかったので、いまいち料理をする気になれなかったのです。こんなことで本当に協力隊隊員と言えるのだろうか・・・?今頃アフリカで水汲み・煮沸から料理して頑張ってる隊員もいるだろうに・・・多分チリの中でもビーニャは相当に恵まれたところでなんでも揃っている。そんなわけで、鍋とフライパン、しめて30.000ペソの出費。日本円にしたら大体5.000円くらい。一番安いのだったら、多分両方でも10.000ペソかからずにそろえることができたと思うけど、まあ2年間しっかり使うと思えば悪くない買い物だろう。ふと思ったけど、「3分クッキング」のレベルだとテフロン加工を使ってたとしても、プロのレベルになるとテフロンなんて見たことがない気がする。やっぱりそんなのない方がいい味がだせるんだろうか?それとも単なるプロの意地?知ってる人がいたら是非教えてください・・・
2005.02.21 (月) 一ヶ月が経ちます。
早いもので赴任してから一ヶ月。その間・・・別に忙しかったわけではないし、嫌なことがあったわけでもないんだけど、なぜか日記を書く気分になれなかった。この一ヶ月間は、まず職場に関しては休暇の時期ということでゆっくりと時間が流れていった。色々資料を読んだり、職場の人と話をする中で(分からないことが多々あるけど)少しずつではあるけど、自分の期待されている役割・仕事が見えてきた気がする。
プライベートな時間はたっぷりあって、また任地には遊ぶところはいっぱいあるので実に充実している。コンサートも行ったし、サッカー観戦、買い物、映画等など。お金を使いすぎてしまうことが心配だ。それから今のところは職場、近場のJICA関係者しか人間関係が広がっていってないので、これをどうにかしたい。そろそろ(任地の)ビーニャ・デル・マールとバルパライソの観光シーズンが終わるので、家ももうちょっと条件のよいところに移りたい。そんなところ。
今日は職場が所有している漁船でサメ漁に行く話になったけど、風が強いとの事で延期。明日は出られるかな。
2005.02.22 (火) ビーニャの住宅情報
さて、今ちょうどよい家を探しているところなので、今日はビーニャ・デル・マール(以下ビーニャ)の住宅事情について。
自分の職場はバルパライソというビーニャと隣の町にあるんだけど、この二つの町は隣り合っていて、二つとも大きな町なので、交通機関は電車、バス、それから多分、コレクティーボと呼ばれる乗り合いタクシーも、たくさん出ている。その上バルパライソよりはビーニャの方が治安がよいということになっているので、職場がバルパライソでも住む場所はビーニャの方がよい、ということになっている。
次に、外国では大体そうだけど、日本と違って単身者用のアパートというものはまず、ほとんどない。だから選択肢としては大きなアパート、もしくは家を何人かで借りてシェアする、あるいはお金に余裕があれば一人で住んでしまう、というのが一つ、ちなみにこちらではこの手のアパートはDepartamentoと呼ばれています。この場合、生活に必要な家具は備わってたりそうでなかったりしますが、備わっている場合は大抵Amobladoと書かれています。ただし備わっているからといって、本当になんでも揃っているか、あったとしてもそこそこきれいで使えるものか、等は実際に見てみないと分からないことはいうまでもありません。
別の選択肢は個人の家のあまってる部屋に間借りする、です。おそらくは子供が独立してしまって余ってる部屋を有効利用する、というパターンだと思います。日本ではあまり見かけないパターンです。まあ今時日本でそんな大きな家を持ってる人もいないからか、それとも文化の違いか、いずれにしても面白いことです。この手のものは個室はあっても、トイレ、風呂、台所は共同で、テレビやインターネットは自分の部屋にあったりなかったり。食事もついてたりついてなかったりします。これはこちらではPieza con/sin pensionと呼ばれています(Con pensionが食事付、Sin pensionが食事なしです)。これはプライベートな空間はちょっと限られてきますが、その分現地の人とコミニュケーションを取る機会が増えます。大家さんがいい人であれば、友達を紹介してもらったり、週末にどこかに連れて行ってもらったりと、いろいろな利点があります。この辺は個人の好み(プライベートが重要⇔人付き合いを拡げたい)もあるし、なにより大家さんとの相性が大切です。また、PiezaでもIndependienteと呼ばれるものは個室(もしくは離れ)に風呂、トイレ、台所等全てが備わっていて、基本的に個室で生活できるようになっているようです。この場合は一人の空間が確保できるし、大家さんの家に気軽に遊びに行けるような関係を作れば、寂しくなることもないです。
次に、Pieza con/sin pensionと条件は同じでも、それを商売でやっていうものがあり、これはHostalと呼ばれています。Piezaと違うのは、長期滞在に限らず、日・週・月単位の滞在にも対応してもらえるということでしょうか。
ビーニャ・バルパライソの物件情報はMercurio de Valparaisoという新聞に毎日出ていて、特に日曜日版は充実しています。インターネットでも、大きなサイトこそないけど、キーワードをいろいろ試して丹念に探すといろいろ出てきます。(例えばArrienda(賃貸)とHabitacion(部屋・住居)とか)。さて、次に重要なのはビーニャに限らず、チリでは1、2月は長期の休暇を取る習慣があるということです。その上ビーニャはチリ随一の観光地ときてるので、1、2月には家賃の相場が高騰します。なので物件によってはこの時期に観光客用の値段を設定している場合もあります。これはEnero febrero, turistas, marzo diciembre para universitario/estudiante(学生), trabajador(社会人)という具合に書いている場合が多いです。これと違って、年中同じ条件で住めるのはAn~o corridoと呼ばれます。
肝心の家賃ですが、一番安くて5万ペソ程度(食事なし)、高くて30万ペソ(食事付)ぐらいになるようです。日本円にすると(大体1円=6ペソ)1万弱〜5万円くらいです。観光客用の家賃だとこれより高くなるかもしれません。
今日は町をぶらぶら歩いていて、本当にたまたま、気に入った物件を見つけることができました。静かな地区にあるきれいなHostelです。部屋が広いとかきれいだとか、値段だとかも大切ですが、なにより大家さんの人柄とか、一緒に住むことになるなる人とか、値段に表れないことも大切です。特に外国の一人暮らしで、いろいろ希望がある場合(困った時に相談できる、友達ができる等)は。そんなわけで今日は満足な一日でした。明日早速職場のカウンターパートに相談してみることにします。
2005.03.08 (火) 引越ししました
日曜日に引越ししました。同じビーニャ・デル・マールのレクレオという丘の中です。バルパライソからビーニャ・デル・マールに入るところにReloj de Floresという花時計があって、そこから歩いて10分くらいのところです。
今度の家は6部屋貸し出している部屋があって、台所・風呂、トイレは共同です。大学生のフレッシュマンが多くてちょっと年の差を感じるけど、これから一年仲良くやっていきたいと思います。大家さんは英語が話せて、外人に対して理解のある人で安心です。
2005.03.13 (日) 研修旅行
自分の職場は以前JICAの専門家が働いていて、その引継ぎとして(はなはだ頼りないけど)自分が協力隊員として派遣された、という経緯があります。
その専門家の方は現在中米の国で働いていて、今回その国の漁業を担当している政府関係者を引き連れて来チリしました。目的は発展途上国の中では比較的漁業の制度がしっかりしているチリで視察を行うことです。今回運良く空きがあるということで、この視察旅行に自分も同行させてもらうことができました。
まずは専門家ご自身が働いていた職場、すなわち自分の職場を訪問。ここはいわば日本で言う全国漁業組合連合会(全漁連)の本部にあたる組織で、政策・立法に対するロビー活動や、(特に零細漁民のために)先進的な取り組み、例えば新資源開発、新漁法開発を行っているところです。やはりJICA、協力隊員のことに精通しておられ、また同じ職場で4年間も働いていた専門家だけあって、自分の職場ながら、大変参考になる話をたくさん聞くことができました。やはり仕事に対する熱意、創意、それから技術知識等など素晴らしいものでした。
次にはQuintayという、バルパライソから南に車で1時間弱行ったところにあるCentro de investigacion marina de Quintayという種苗栽培の開発に力を入れている研究所へ。ここはシニアボランティアが勤務しておられる関係から、以前個人的に案内してもらったところ。翌日はSub Secretaria de Pesca、漁業官房とSernapesca、漁業局を訪問。どちらも政府機関だけどSub secretaria de pescaは政策作成と施行、Sernapescaは法の遵守をモニタリングする機関という風に役割分担がなされています。より効率的な漁業政策を作ること、それから作った漁業政策を確実に実行していくことは車の両輪のようなもの。最近大規模企業的な漁業を行う漁船全てに(チリ全土で200隻余り)GPSによる位置(速度、方角等も含む)監視システムが導入されています。これによって禁漁区域での違法操業が抑止できるわけです。
翌日は第4州のCoquimboという町で魚市場と漁港施設、同じく第4週のLa Serenaという町にあるカトリカ・ノルテ大学の養殖研究施設を見学。ここにも水産無償が入り、立派な研究施設ができています。また当時アドバイサーとして派遣されていた方はその必要性を認められたからでしょう、現地大学のプロパーとして雇われるに至っています。
その翌日土曜日はTongoyのグレミー共同体という、ホタテの養殖事業をきっかけに零細漁民が企業を作り組織化を果たしたところ。日本では普通に行われていることも、こちらではまだまだ珍しいこと。漁協に相当するものこそあれ、事業の共同化を果たすまでにはなかなか至らないのが現状なのです。ここでは取れたてのホタテを生でたらふく食べさせてもらいました・・・。今チリでは貝類の食中毒がおおはやりで本当は駄目なんだけど・・・一日経って大丈夫なところを見ると多分大丈夫だったのでしょう。(最も食中毒の原因は、貝類に蓄積した毒というよりは、水揚げ後の鮮度維持がきちんとできていないこと、それに加えて最近気温が高かったことが主な原因かと思われます。ということで新鮮なものを食べれば心配なしということです。)
最終の日曜日にはサンティアゴの水産市場。首都圏中央水産市場はこれまた水産無償でできた流通施設。築地よりよっぽどきれい。
とにかく短い日程で全てが駆け足だったけど、非常によくオーガナイズされた研修で、視察するだけにとどまらず、視察したほとんど全ての場所で担当者にきちんと時間をとって説明してもらった後でディスカッションをするところまでできました。それにしてもチリは長い。これだけ南北に頑張って移動してもまだ4、5、首都圏州を回っただけ。南北端まで網羅しようと思ったら、これは簡単なことではないです。
2005.03.17 (木) 職場のおじさん
はいい人たちです。自分はまだ言いたいことがうまく言えないことや、相手の言ってることがわからないことがあって、向こうの結構大変だと思うけど、辛抱強く付き合ってくれます。
職場ではちょっと年が離れた人が多いので、同年代の友達が欲しいというと、「そんなものは町をぶらぶら歩いてれば見つかるもんだ。俺なんてそれでカミサン見つけたんだから」なんていってます。しかしそのくせはカミサンを見つけただけでは終わらなかったようです。今でも道を歩いていると「さっきの女の子見たか?最高だったな!」ってな感じです。全くいい歳して・・・
しかしそんなおじさんも11歳の娘にはベロベロ。昨日は職場に連れてきて紹介してくれました。「かわいいねー。10年後が楽しみだねー」っていうとおじさん、「10年後は、娘に悪い男がつかないように守ってやらなきゃならん!」とのこと。
あのー、守るって、まさにおじさん本人みたいな人から守ってあげなきゃならないんじゃなかろうか・・・?って思って笑えたけど、当然そんなことは本人にいえるわけなし。だからここで告白してみました。いや、でも悪い人ではないです。至って親切で。多分これがチリ人なのかな。
2005.04.02 (土) revista
今日は土曜出勤。Futuro Azulに自分のJOCVのインタビュー記事を掲載したい、とのこと。なんかいろいろやってるみたいだけど、結局スペースがあまってるんじゃないか?という邪推。だってもう締切が近いというのに、昨日突然言われたこと。
イカ釣りの記事もなぁ・・・(とりあえず事務所の方でまた怒られた・・・)どんな反応になるんだろうか?またチャンスが回ってくれば面白いが。また面白そうなテーマを考えておきたい。そうそう、面白いアイデアといえば、昨日はMさん宅でヒラメパーティーをしたが、そのときついでに食べたJibia。ヘンな酸味が残ってどうしても違和感があったが、歯ごたえはよいので、Sさんが言ったようにたこ焼きには向いてるんじゃないか?
偶然にも久しぶりにYahooの水産ニュースをチェックしたら、「モロッコ産のタコ激減でタコ焼き業界打撃」の記事。なんたる偶然。ちょっとこれは突っ込んで考えてもいいかも。まずは自分で、酸味を抜いてまともな味がでるか実験してみたい。昨日ちょっとゆでただけでは酸味は残ってたからなぁ。
仕事を4時過ぎに終わってからは、ぼーっとしただけ。本当は釣道具を買いに行きたかったんだが、昼寝してるうちに面倒くさくなってしまった。いつものパターン。しかしこないだJibia漁にいってからちょっと風邪気味なのでまぁたまにはよいとしよう。
2005.04.04 (月)
特に何てこともなかった一日。アルゼンチンのIさんに言われたようなインバーターをネットで探した一日。なかなか三相、純正正弦波、220V、60Hz・・・と条件の揃ったのが見つからない。しかしないことはなさそう。今日は一社、そんなインバーターを提供している会社をみつけたっぽい。今はメールで確認中。それ以外には・・・うーん。なんかHとPと、それからだれかと、多分加工場のことだろうけど、随分熱くなって話し合ってたなぁ。あの様子じゃ、随分問題がありそうな感じ。Cは自分とは、というかCONFEPACHとは何の関係もないというが、それはちょっと冷たいんじゃないのかなぁ。ともかく自分としては一応水産加工場の方もテーマの一つと考えているので、いずれは真正面から取り組みたい課題だ。そういえばJibiaの加工を見せてくれる話はどうなってるんだろうか?でもPもなんだかんだいって、Jibia漁師の方は紹介してくれたからなぁ。あのJibia漁師は実にいいやつだった。
どうもIさんとの会話が進行してない感じ。明日あたり電話してみよう。オフィスからは海外にかけられないというのが実に面倒くさい。帰りは、何ともなく歩いて帰ってみた。夕日がきれいだった。それからあの辺の海はなかなかきれいで魚もいそうな感じだった。早く釣り道具を揃えて試してみたい。
朝はFさんの家に。ぶつぶつグチを言われながらもJICA様式の契約書にサインしてもらった。全く申し訳ない。が、別にこんなことになっているのも自分のせいではない。いや、遅れ遅れになったのは自分のせいだけど。夜はKさんが家に来るの来ないの、いややっぱり来るの、結局来ないの・・・なんのこっちゃ。
2005.04.05 (火) 北嶋さんに電話した
電話してみて分かったのが、
・インバーターをバッテリーにつなぐのは、ちょっと負担が大きすぎてお勧めできない。やはり発電機を買う必要があるか?
・自分達以外にもT社のチリJibia用イカ釣り機を試してみたいという会社が存在する。
「Mar del Mar?」ちょっと調べてみないと。
それにしてインバーターの方は10万円しない程度だが、発電機の方となると結構なもの。イカ釣り機本体の半額ぐらいしてしまうみたいだ。Rとも相談してみないと。
この辺はちょっと翻訳してRと相談してみたいこと。ただKさんも、このあたりは実際にこちらを訪問してから、話し合っていけばいい、くらいにこちらが思っていたよりゆっくり考えているようだ。
家賃の負担の件は、恐る恐るもKさんに相談。どうやら事情が分かってもらえたようで、こちらが契約書を送った段階で、本部の方と相談してくれる、とのこと。やれやれ。とりあえず一安心。今後職場側とJICAとの協議で、とりあえずもう自分の責任問題ではない。だってこれはもともと自分が関わってどうこうする問題じゃないはずなのに、赴任してからずっと悩まされてきた問題。まあ幸い今の家は気に入っているし、自分でいろいろ動いたおかげで度胸もついたような気もするが。家主のドタキャンもあったし、あれは参ったなぁ。
朝。アジの干物ならぬくん製を発見。火曜日と土曜日に来ているらしい。一匹700ペソなり。そんなに高くはない。
Iさんの来チリに合わせて、チンキウエ財団の(場合によっては)業務出張の可能性について考えたい。別に私的な旅行扱いで自己負担でも全然構わないんだけどさ。そっちの方が気が楽でいいかも。
先日Quintayで漁師の葬式があったが、実はそれはLuz Marinaの乗組員だったとの話。というわけで、今一人足りないので、自分も乗っけてもらえそうな雰囲気。アルフォンシノをとりに行くらしい。楽しみだ。
で、その乗組員は生命保険に入っていなかったので、M氏は残された家族の扶養費をどうにかしてやろう、と思っているらしい。男気のある話だ。保険の話から、話題はチリに漁民の保険制度がない、という話になった。ヨット用はあるらしいが。
何か日本の漁業共済で参考になるものはないだろうか?場合によっては、これが次のFuturo azulのテーマにできないだろうか?
2005.04.06 (水) ボーっとした一日
いや、一応仕事をしていることはしている。が、依然としてインバーターとか、発電機とかのメーカーをネットで見ているだけ。目立った進展もなし。うーん・・・こんな感じでいいんだろうか?
せっかく今は発電関係を見てるので、オルタネーターを船外機に付け加えるアイデアとかも、真剣に考えてみようかしら?
確かにJibia向けのイカ釣り機がうまく行けばそれでいいんだが、それ以外にもいろいろ同時進行的にアイデアを具体化していったほうがいい気がする。
2005.04.07 (木) 一日オフィス
今日も一日オフィスに閉じこもった?一日。
朝からまた郵便局にいって、4/7以降のアパートの契約書を郵送。インタビューの記事が届いたので、それをJICAに転送。JAMARCからイカ漁業他の資料を発送した旨を受信。
日本から送ったタコ籠を披露。みんなそれなりに興味をもってくれたみたいだ。なんでもカゴを使って、Langostino、Camaronesをとるプロジェクトをとる構想があるらしい。エビ用の篭はまた別だと思うが。
自分の生半可な知識では手に負えなくて、資料に頼ることが多い今日この頃だけど、特に漁船に装備する電気関係についてはちょっと準備不足。篭漁業に関する文献をチェックしてみると、なかなか面白いことが書いてあるじゃないの。これは持ってきてよかった。
こうしてみると、何もやってないようでそれなりにやったような気もする一日だった。のか?
2005.04.08 (金) 迷子になった気分
今日もオフィス。そしてこれといってやるべき事が見えていない。これは問題。
来週はLuz marinaに乗れる。ここでエンジンの型番、ギアボックスの写真をとる。できればオルタネーターのメーカー、モデルも特定したいが、これはエンジンの型番が分かればいいんだろうか?
そのへんがイカ釣りに関する話。発電機、インバーターの価格調査もいい加減飽きた。しかし昨日は電菱の人が、二つインバーターを連結させた方が安くあがる、というアドバイス。とにかく3相、220V、60Hz、正弦波と全て揃ったものはなかなか見つからない上に値段がそれなりになるようだ。発電機も、単純に容量が2〜3KVAなのは10万円もしないくらいだが、きっちりニーズにあったものを探そうとすると一気に値段が倍増する。どうも、電源関係を整えるのにもイカ釣り機と同じくらいの投資金額が必要と考えておいた方がよさそうだ。
朝はまたKさんに電話。JICA様式の賃貸契約書、住居手当申請書、3/6〜4/6分を提出していないといわれる。が、これはFAX済みのはず。FAX記録をもっとしっかり管理してないと駄目だ。じゃないと「間違いなく送りました」ということが言えない。「送ったはずなんですが」で終わってしまう。
そして4/7以降の分に関してはまだ送っていない。またNにサインしてもらわないと。職場の人間と家賃の負担に関して話をする件は、今日Dから電話があったが、Rと少し話をしただけで終わったようだ。後ほどKさんからまた電話があるのだろう。
この件に関しては、確かに職場にお金がないことは自分の理解している。がその一方で、もうちょっとだけ「親身」になってもらえたんじゃないか、とも思う。払えないなら最初からそういってもらいたかった。今となってはわざとらしくも感じるが、「大体12万ペソ以下」とかもっともらしいことを言っておいて、あれはどういう根拠があったというのか?本当にメルルーサの漁獲がそんなに短期間に回復するとでも思っていたのだろうか?しかしうらみつらみは言い出したらきりがないこと。とにかく今できることは、どうやったら職場とJICAが納得して、仕事に専念できる環境に持っていけるかを考えるだけ。
JOCV隊員の家賃は職場負担というのが実に面白くも厄介な点。本部からOさんが来た時にSさんが指摘したように、このやり方は、受入機関側の責任を高める効果もあるかもしれないが、一方「本当に援助・技術協力が必要なところ」にJICAの、すくなくともJOCVは入れないことが起こりうる。なんせ家賃を負担するのが原則なんだから。
イカ釣りの記事、インタビューに関してはけりがついた。JICAから許可をもらったし、それをM氏にも見てもらった。やれやれ。しかし今、何ができるのか、何をするべきなのか、ちょっと見失っている。
アルゼンチンのKさんからは電話して以来、連絡ないしなぁ…。電話で話した感じではやる気なさそうでもなかったんだけどなぁ。
2005.04.10 (日) 週末
土曜日はキンタイのダイビングスクールに行って話を聞いた。Roから「半額くらいになるかも?」と聞いて期待して行ったけど、マニュアルをコピーにしてちょっと割引とか、せこいことを言われてがっかり。まあ高くはないんだけど、時期的にもこれから寒くなるようだから、ちょっとだめかな、と。
その後バルパライソに戻って買い物。カレー粉、その他の香辛料を売っているマニアックな店を発見。これはなかなか本格的なカレーができそうだ。夜はアパートで日本料理を振舞う。寿司にてんぷら。なんかみんな沈黙して食べてたけど、どうだったのか?いまいちウケタようには思えなかったけど。まあエキゾチックな気分くらいは味わってもらえたかな。Kさんを送っていくつもりが、なぜかそのままバーにはしご。
日曜は買い物、ビリヤード、そしてアフリカ。釣具を買うつもりが、日曜で閉店。ランニングを始めるつもりがビリヤードのやりすぎで時間切れ。なんだかなぁ。Kさんとずっと行動した週末だった。
2005.04.12 (火) またネガティブ
Rと話。とりあえず家賃の件はDとは話がついたようだ。やれやれ。
それより今後の仕事の話。まあ今回T社が訪問するという件はよしとしよう。ちょっとは段取りがついたし、確認事項も確認できたと思う。
しかし、だ。ここの職場全体として、どういうプロジェクトがあるのか、全体像はなかなか見えてこないし、教えてくれといってもなかなか教えてくれるものではない、ようだ。組織の内部にきて、組織の一員として働くのだから、もっと親切に教えてくれてもよさそうにも思うが、どうもそれはお門違いか…?地道に雑誌、(フォロ、フツロアスル)とかインターネットから情報収集するしかない。その上で、ある程度の背景情報を得た上で、スペシフィックな質問をすれば教えてもらえると思う。その際、こちらからも新たに情報提供することができればベストだ。ギブアンドテイク、である。
今のところこちらからギブできるものは、なにもない。それが痛い。昨日もMから冗談交じりとはいえ、「お前はテイクするだけでギブはナシだからな…」ということを言われてグサッと来た。あまりに図星だったから。
仕事をするのは大変だ。
今日は港湾のインフラ整備に関するレウニオンに連れて行ってもらった。各カレタから「うちの港ではいつから工事をしてもらえるのか、日にちを示して欲しい」という陳情。対応したのはIntendenteのDon Luis氏、それからMinisterio de obra publica、DirectorのJaime氏。漁師側の思うほど簡単に進められるものではないことを説明するのが半分、譲歩、というか、それなりに具体的な日程を決めていたのが半分、くらいに思えたが。しかし話の半分もわからない。新しい経験で楽しかったし、参考になった。
2005.04.13 (水)
K氏からFAX、Quinteroに同行してもよい、とのこと。本来ならば、イカ釣り機を導入する会社の方からも許可をとっていくべきだが、多分そんなことをReneに相談しても、「余計なことはしなくてよい」と言われる気がする。まあ一言軽く「T社がいいっていったから、行ってくる。まあ相手会社の方には日本のボランティアです、位に言っとくし」と伝えておいた方がよいかな。
JAMARCからイカ釣り、その他漁業のDVDが届いた。これは日本語と英語のものだから、まず内容をチェックして、スペイン語の解説をつけて、それからみんなに見てもらいたい。せっかく送ってもらったからには、それをいかに効果的にプレゼンテーションするかも重要な点だ。これは前回カゴを見せて思ったこと。できればみんなが見入っている様子写真で撮って、JAMARCに送ってあげたいくらいだ。
後は相変わらずオフィスでボーってしていた。いや、一応Futuro azulをもう一度熟読していた。職場のこと、チリの零細漁業者の間で今、何が関心ごとなのか、問題なのか、チャンスなのか、そんなことを知る為には必要なことだ。これが終わったらForoの方も読まなければ。後は、公共開発資金を使ったプロジェクトは、報告書がネットで公開されているので、その辺から関連する情報を拾っていかないと。今日はネット上で公開しているジャーナルも発見した。Investigacion marina。これ以外にも社会経済系のジャーナルもあるかもしれない。一見したところ、こうした関係の論文はチリ国内ではそれほどないようなので、自分がなにかできたら楽しそう。それがここの職場のポリシーというか使命「Industrialは敵」というプロパガンダにつながれば都合がよい。これは狙って、意図的にやると学問とか研究ツールの乱用にもつながるが、自然とそうなればそれはそれで悪くはない、と思う。実際学問も政治的に利用されることだってありがちなことだ。
しかしLuz marina出漁の話は一向に進まず…。早くしてくれないと北島さん来チリにかぶってしまいそう…。これは避けてもらいたい。でないとまた「やっぱりカズオは船に乗りたくないんだな」なんていわれてしまう。
実は今日一番の収穫はGustavo floresと話をしたこと。彼は実に気のいい奴で、会うたびに「おい、今度はいつ乗るんだ?」と聞いてくれる。今日はこの辺であのイカ釣りの仕掛けを売ってることを聞き出した。明日あたり早速入手して、できれば金曜の夜に自分の仕掛け持参でのっけてもらいたい。
今日はそんなとこ。
2005.04.14 (木)
朝、Jibia釣道具を探すと、こないだBoteで一緒に行った漁師の兄さんが案内してくれた。「今日はないけど、明日までには用意しとくよ。そしたらまた一緒に漁に行こうじゃないの!」ってな感じで親切にしてくれた。明日の朝にはTuta?(ルアー)とBrinque?(釣糸ならぬロープ)を用意してくれるとのこと。楽しみだ。さらに今日は、オフィスでパソコンに向かっていると、Ruが窓越しに声を掛けてくれた。
「まだEspinelは行ってないんだろ?いつ行くんだ?」ってなことで、Rに相談してみると、
「行きたきゃー行けばいいよ」ってな感じでいつものように投げやりに言うので、早速Ruに連れて行ってくれー、と頼んだ。明日4時半に出漁。またカメラとビデオを持って行こう。
というわけで、今日はオフィスにHがいなくて、さらにRとRoも午後になってきたくらい?だったので、実にリラックスした雰囲気だった。オフィスでの仕事は…ちょっとFuturo azulを読んだ位。でも少なくともConapachが何かを知ることができた。予想していた通り、この雑誌を読んでいると、関連する団体の名前、情報がどんどん出てくる。
前回さらっと読んだときはその辺をほとんど読み飛ばしていたが、きちんとその辺もチェックしながら読むと、大切な情報がたくさん出てくることに気付いた。
この辺は本来は2月のうちに真剣にやっておくべきだったこと。さらに言えばこうした情報誌、とりわけウェブ上の情報は日本にいるときからきちんと準備できたはずだったこと。そうすれば、日本にいるうちからどんな準備(特に会社、その道のコネとか)をしておけばよかったのか、とか、もっとビジョンがはっきり見えていたはずだったのに。
駒ヶ根での訓練が始まる前は、スペイン語ができなくてちょっとアクセス不可の聖域に思えた。駒ヶ根の訓練中は、そんな時間は全くなかった。この辺が、次回またこうした仕事につくとしたら、反省材料となる。
2005.04.15 (金) Espinel
出漁。詳しくはノート参照。その後はオカでの作業、Encarnar?を手伝ったが、これがよかった。まずMomo?が紹介てくれたJaimeがすんごく親切な人。あれほど親切なチリ人には初めて遭遇した。こんどTotaを作ってるところを見たら教えてやる、とか、またこの仕事をしたくなったらいつでも来い、とか。なにしろ「人生でずっと」この仕事をしてる、というくらいだからすごい。早い、きれい、正確と三拍子揃ってる。こんな単純そうな仕事にも哲学と言うものがある、そんな雰囲気をかもし出していた。話が漁業からはそれるが、この仕事の他にお菓子作りもやっていて、自分の家で作ったお菓子を個人的に売ったり、店に卸したりしているとのこと。なんかほんとにほんわかしていい人。周りの人にはゲイ扱いされているが、ちょっとそのんな雰囲気がなくもない。というか本当にそうなのか…?今度ケーキを持ってきてくれる、とのことで楽しみ。
それからTotaを買った。これで今後Jibia漁に出た時には自分も心置きなく手伝えると言うものだ。Gustavo氏も相変わらず「今度はいつ行くんだ?」と聞いてくれる。ありがたい話だ。ただ今度の日曜はなぁ…せっかくの日曜だから、月曜に備えてゆっくりしたい、という気もする。Luz marinaもいい加減来週の頭くらいには出漁する、というRoの話だし。
やっぱ外での仕事は楽しい。会話がさっぱり分からないのは本当に問題だけど、それでもいろいろ勉強になる。なにより、自分が少しづつ、このCaleta portalesに溶け込んでいける。これがなによりの収穫。
真面目に仕事の話をすると、「漁業発展・開発」のあるべき方向性が見えた。つまり、日本では人件費が高いので省力化のインセンティブが高く、そのための機械も大変発達しているが、これはチリには必要ないこと。つまりここではどれだけの雇用を生み出せるか?が零細漁業の発展にとって最も重要なこと。なにせ町を歩けばはっきりいってろくでもない仕事に甘んじている人もいるわけで、職が不足している状態。これに追い討ちをかけるように漁業に省力化をもたらしても、今の零細漁業、特にEspinelが生み出している周辺雇用をなくしてしまうだけ。
もっと違った漁業の発展の方向、新魚種・新漁業を開発し、雇用の拡大を目指すべき。
今のチリの零細漁業は、魚種が少ない。これが問題。同時に消費者の方もいつも見慣れた魚を食べるだけで新しい魚を食べようとしない、ような気がする。というよりも魚自体を食べないんだけど・・・。
2005.04.18 (月)
月曜日。また一週間の始まり。いまいち気が抜けている。頭のねじが飛んでいる。まぁこれまでもそうだったけど、いまいち「今すべきこと」が見えてこない。
物事が全く進んでいないわけではない。
今日は拓洋理研からEMSを受け取った。水中集魚灯は、うちらの研究所でそのまま適用できる技術だとは思わないけど、もらった資料はなかなか詳しくて面白かった。ついでに見積もりも頼んでおいた。
それから今週末のカレンダー展INカサブランカの方もHumbertoに話しておいた。どうやらOKのようだ。
しかし。なにより重要なのは20、21のT社。先週に、チリでの滞在先を教えて欲しいと連絡しておいたが、まだなにも連絡がない。どうなってるんだろうか?もしかして、こちらからMarLiMarに連絡してイカ釣り機テストをする場所までおしかけるんだろうか?ちょっとそれは話が違うような気もするが。
Luz marinaの方はいつになったら出港するのか…Roいわく改修工事は先週で終わったから、明日か明後日には出港、とのことだが…20(水)にかぶったとしても、出港が朝の3時とか4時で、帰港が朝の8時か9時、とのことで、一応東和電機のほうとかぶっても大丈夫、らしい。どうも怪しいが。
とりあえずそんな状況。で、オフィスで何をやっているかというと、Futuro azulなんかを読んでいる。これはこれで重要な仕事だと思うが、なんかもっと差し迫ってやることがないか?イカ釣り機の電気関係、発電機、インバーターの方は調べなくていいのか?T社の人が来てから話をすればいいんだよなぁ・・・
2005.04.19 (火) カメラなくした?
どうもカメラが見つからない。部屋も探したし、職場も見てみた。どこ行ったかなー…。(その後カメラは自分の部屋から出てきました。)
精神的にちょっと嫌な感じ。そして経済的にも…まあこれは必需品だから買うより仕方がないな。見つからなかったら。もう一回部屋を探してみよう。そしてやっぱり日本と違うことは意識しておかないとな・・・。どこにあるかくらいはきちんと把握して、なくなったらすぐ分かるようにしておかないと・・。
Futuro azulを読んでいたら、Reunionがあるからこい、と誘ってくれった。またIntendenciaへ。今回はよく分からないけどCuenta de gestion?だった。Gobernador provincial de ValparaisoのIvan氏が30分ばかり熱く語った。なんかこっちではスピーチのトーンが違う。熱い。その後はこれまたよく分からないけど、プロジェクトの功労者のような人に表彰があって、キンタイだかの漁業者も表彰された一人だった。その後は大学生の生演奏があった。Reunionというから前回のような真面目なものを想像していたが、今回はいたってCeremonialなものだった。
明日、というかもう来ているというのに、Sankoの人からは全く連絡なし。しょうがないからこっちからMarlimarに電話してやった。当てになるかならないか知らないが、Sankoの人が現地の着いたらこちらの携帯に電話してくれるとのこと。まあこの件はよしとしよう。後は・・・デジカメがあればいうことないんだが。
ついでに、というかYさんにも電話してみた。そしたらなんという偶然か、Iさんが着ているらしい。多分Iさんに言わせれば「なんでもっと早くコンタクト取らないの?」と言われそう。まあその通り。
2005.04.25 (月) 先週は忙しかった
T社の人、それから2次隊がビーニャに集まって、土日も全然休まらなかった。そのせいか、今日はさっぱり。昨日は結構寝たはずなんだが、、、だるいし、今何をすべきなのかさっぱりアイデアが湧いてこない、頭がすっきりしない。もう一つの原因は・・・あれだな。とにかくボーっとしてる。
しかし先週は収穫が多かった。まずはイカ釣り機関係。それからJibiaのレポート。これは本当にくれるのかどうかわからないけどとりあえずE-mailでお願いしておいた。
それ以外にはKさんにお礼のメール。さらにSubusecretaria de pescaからJicaの日本研修員でいった人(Futuro azulに築地の記事を書いた人)に一度会えないか、という旨のメール。
まあ今からサンティアゴだし、今週はプエルトモンだし、本格的に仕事に戻るのは来週からだな。そして報告書のほうも取り掛からなければ・・・
2005.04.27 (水) 予防注射、サンチアゴ
A・B型肝炎の予防注射のために、16年度2次隊が、赴任してから初めて一斉にサンチアゴに集合した。これまで何人かが集まることはあってもみんなが一堂に集まったことはなかった。改めて活動の状況がどうなのか、みんなで話し合った。とはいえ、時間は限られているし、みんなの様子が全て分かるわけではない。
みんな、なんだかんだと大変なことはありつつもそれなりに楽しくやっているのかなー、というなんとも適当な感想。しかしNさんは未だに働く環境が整ってない、というちょっと心配な事態。もうしばらく様子を見て職場変更も考えるかもしれないとのこと。大変だ。
前日は連絡所近くの例のスポーツバーで飲んだ。当日は朝から市場にいって刺身用食材を仕入れた。その足でJICA事務所にいって、近況報告。ここでIさんにあった。先日のトリニーダ・トバコからの研修について、報告書とビデオをもらった。さっそく報告書を読んでみたが、さすがにうまい。研修の成果、JICAがチリ・トリニーダ・トバコ両国の水産発展のために果たしてきた役割など、きれいに強調されている。今日本の水産に対する支援は減少しているかもしれないが、まだまだやるべき事、やれることはあるんだと、説得力のある内容だった。
それからはMarlimar社、T社にお礼のメール。
Programme version upについてはRS232のクロスケーブルが必要とのことだが、実はこれがなかなかやっかい。ストレート、クロス、25ぴん/9ピンなど組み合わせがいろいろなのだ。場合によってはこれも日本から送ってもらうことも最終手段としてはあるが、まずはチリあるいは近隣国で入手できないか、調べてみることにする。が、これは発電機・インバーターと一緒でありそうでなかなか見つからない気がする。ましてチリの貧弱なウェブサイトとスペイン語の壁があるからやっかいだ。まだ「クロスケーブル」ってなんていうのかも知らない。
最近はスペイン語でもテクニカルな単語が多くて大変。日本語でも意味がわからなかったりするんだから。まあ勉強になっていいけど。
2005.04.28 (木) ちょっとこのコメントは重要です
先日サンチアゴに行った際にIさんからトリニーダ・トバコからの研修旅行の報告書をもらった。これを読んでいて気付かされたのは、「自分がいかに日本の水産業を知らないか」ということ。
トリニーダからチリへ研修に来た人たちは、「トリニーダ・トバコ」にはなくてチリではあるものから、トリニーダトバコにも応用可能ないろいろなアイデアを得たと言う。
ひるがえてって、自分はどうか?
せっかく日本にある水産業の蓄積を自分はどれだけ持ってきたのか?今後この分野で働くためには、まず日本にあるものをしっかり吸収してから、基礎を固めてからの方がいいんじゃないか?
ということを思った。この線から行けば、ジュニア・プログラム・オフィサーやジュニア専門員よりも、もっと水産に特化した仕事を日本で何年かやったほうがいいようにも思う。
これは今後の進路を考える上で大変重要なことだと思う。
2005.04.29 (金) 未来日記
28日のところには違う内容を書いたので、まだ今日は28日だけど29日の所に書くことにする。
今日は何をしようか?と思ったが、Jamarcからもらったイカ釣り調査報告書を翻訳してみた。Reがどの程度こちらの水域のJibia漁業に関するデータを持っているのか知らないが、おそらく役に立つことと期待する。
2,3日前にいろいろなところにメールを出したし、それは返答を待っていることを書いたはずだけど、全く音沙汰なし。ヴェニア、それからJICAの研修員制度で日本にいったと言う、Subsecretariaの職員。相変わらず秀さんがいうところの「道場破り」状態だなぁ。まあ返事が来ればラッキーというところ。そうそう、MarlimarのR氏にもメールしたんだがなぁ。
今なにをすればいいのか、いまいち分からないがとりあえずMarlimar社を見に行きたい。
それからJibiaのComercializacionについても考えたいんだけど、それにしてもこれは何から手を付けたらいいのかさっぱり検討がつかない。もっと「チリと日本の自由貿易協定の影響について」とか、マクロ的なことなら取っ掛かりが分かる気がするけど、零細企業のマーケティングはさっぱり分からん。、、
2005.05.04 (水) 日本はゴールデンウィークか…
しかしこちらでそんなものは関係ない。プエルトモンから戻ってきて、そろそろ報告書も書かないといけないし、Rogers氏のところのイカ釣り機も見に行きたいし…
というところ。だけど実際には何も進んでいない。これは問題。どーしたものか…
Kさんからもらった3ヶ月計画も、はっきりいって原爆展以外書くことなし。R氏に電話はしてみたものの、「行く時になったら知らせてやる」と聞きだしただけ。
参った。最近は、イカ釣り機はあくまで一つの可能性でしかない、と思うようになった。考えてみれば当たり前だとは思う。もちろんこれはこれで成功したら、それに越したことはない。だけど現実的にはいろいろ問題がありそう(要するに費用対効果、それからJibia資源の持続性)。要するにこれがこけたときにもなにか別の作戦が必要。
ひとつのアイデアはカゴ。Caleta portalesにも一隻だけカゴをやってる人がいる。まずはあれに乗っけてもらえるかどうか聞いてみよう。その上で、何か改善策がないかどうか考える。日本から持ってきたかごを試してもらうのもいい。あとAnguilaがいるんだったら、筒型のカゴを作ってみるのもいいかも。
それからIさんが言ってた「氷を積み込んで、生産の最初の段階から鮮度維持のチェーンを完成させる」という話も大切。ただ現実的には新しいMuelleが完成して、製氷機がSan antonioから戻ってきてからになるのかな。
2005.05.06 (金) アルフォンシノ
今日は朝から、Roに日本の沿岸でキンメダイ漁が存在すること、回答をくれるかどうかわからないが、日本の水試に問い合わせてみようと思うこと、などを話した。するとかなり喰い付きがよかった。よっぽどうまく行ってないのかな?
実際聞いてみると、何十回にもわたって試験操業をやってるはずなのだが、たったの一度もAlfonsinoを見ていないという。これは深刻。正直、仕掛けやタナがどうこうというより漁場とか、根本的なところで間違っているような気がする。
が、ともかく、日本のほうに蓄積があることには間違いない。Rと確認した結果、特にこちらが知りたい点
・タナの問題。日本ではどんな操業をするのか
(針を何十本も使った立て縄で、それぞれの針間隔が1.6mもあるというのだから、相当に海底から離れたところも探っている計算になる。これは海底から12mまでしか探っていないこちらの仕掛けと多いに違う点だ)
・Reposoの時間
・喰いの経つ時間
・集魚灯の効果などなど
まずはスペイン語に翻訳して、チェックしてからメールで送るというのだからチリ人にしては気合が入っている。
本当は本人にスペイン語で書いてもらって、それをチェックするほうがよっぽど早いけど、自分がまず書いた方が勉強にはなるし、きちんとしたものが書ければそれが自分に対する信頼にもつながるはず。
がんばろう。