2004.02.22(日) にっき開店
内容は水産分野で国際公務員を目指す作者の奮闘記。とはいえ実現にはまだまだ時間がかかりそう。。。目下のところ、漁業のこと(現在漁師見習い)、青年海外協力隊(2004or2005年にチリへ漁業生産分野で派遣予定)が主になる予定です。その他適当な雑感も混じりますが。要は何でもありですね。。。ともかく三日坊主にならないように頑張らなければ。
この日以前の分は過去日記です。最近の出来事をテーマごとにまとめて見ました。
2004.03.01 (月) つかの間の休息
今日は風が吹いていたため漁は休み、のようだ。というのは、朝3時ごろの時点ではそうであっても、朝7時ごろまでに天気が回復すれば急遽出漁、ということもありえるのだ。魚が無かった去年にはそんなことはなかったとのことだが、今年は出ればある程度期待できるためにそんなことになっているらしい。
結局、月のうちに漁に出るのは、土曜の定休、隔週水曜の市場休み、祭日前休みなどなんやかやで、半分くらいである。が漁に出ないときにしておく仕事も多い。その最も基本的なものが「網きより」とここではいわれている網繕いだ。漁村の風物詩みたいなもんですね。最近はだいぶ場数を踏んできて、きよるのも早くなってきた気がします。もう考えなくても手が勝手に動くような感覚。
青年海外協力隊の技術補完研修も、まずは配属先と相談してからいろいろベストな研修場所を探してみることにする。なので今は協力隊事務局が、配属先との連絡ルートを確保してくれるのを待つしかない。
2004.03.03 (水) 漁師の難しさ
いかにして魚を獲るか、ということはもちろんだが、問題はそれだけではない。
ここ和歌山県有田市では太刀魚の漁獲が日本一なのだが、この魚、獲れるときはドッと獲れるのだが、獲れないときには本当にさっぱりなのだ。おまけに冷凍ものは味が悪いのか値がつかない。スーパーでは地物と冷凍の輸入物が並んでいたりするが、後者は半値ほどである。
そんなわけで、たくさん獲れると一気に値が崩れてしまう。いいときには3万円もするのが、悪いときには1万円するかしないか、といった具合だ。生産量の目処がつき、また誰の所有物かがはっきりしている農産物と違い、生産調整も難しい。今日獲らないでおいた魚が、明日もそこにいるか分からないし、仮にいたとしても他人に獲られてしまえば意味がないのだ。
まさに「コモンズの悲劇」と呼ばれる現象が目の当たりにできる。
去年はこれまでにないほど悪い年だった、と何十年も漁師をやってきたベテラン漁師さえもがいった。今年は、まだ始まったばかりだがそれよりは少しましなようだ。まぁ一乗り子としてはそれはそれで、仕事が多すぎなくていいんだけどね。。。
2004.03.04 (木) 今日も休み
今日も漁は休み。電話の前で念じたかいがあったかw?昨日は桃の節句でまた休み。別段節句だからって何するわけでもないんだけど、田舎ではまだそんな風習が残っているんですねー。あ、でも休みだからって、何もしなかったわけではないですよ。漁に出ないときは出ないときなりにやっておくことがあります。昨日は網の繕いしてました。おかげでだいぶ早くできるようになってきましたよ。
休みになった機会に、ちょっとお世話になった人たちにメール。IC-NETのキャリア・ディベロップメント・ネットワーク。ここは青年海外協力隊の模擬面接でお世話になりました。ほかにも農村開発手法に関するセミナーだとか、国際協力業界への就職対策セミナーだとかいろいろ面白そうなことをしています。がなにぶん場所が埼玉、自分は和歌山でいつ休みになるとも分からない仕事をしている都合上、なかなか参加は難しいのです。あと費用も結構、高かったりします。。。
もう一人はClub JOPでいろいろ相談に乗って頂いたI氏。I氏は自分と同じ大学出身の上、漁業分野で青年海外協力隊に参加され、その後もいろいろな形でプロとして漁業分野の国際開発に携わっておられる方です。まさに自分が目指す道。そんな人の存在がわかったのもインターネットのおかげです。世の中便利になったもんだ。氏によれば、漁業分野での国際開発・協力の業界にも同窓のネットワークは存在するとのこと。well it is quite encouraging indeed!
2004.03.06 (土) 漁師の飯
はうまい。獲れた魚をそのまま適当にさばいて、砂糖と醤油でこい〜く煮付けにする。それが朝ごはん。「あれうまかったな」と思って、家で同じものを作ってみても何かが違う。刺身も然り。
売りに出すほど数が出なかった魚、傷がついてしまって商品にならない魚、出しても二束三文にしかならない魚などは「さえ」といって自家消費にする。なので家の食事は貧乏な割に贅沢だ。タチウオなんて、いいのだと切り身二、三枚で700円位するし、「ちょうちょ」と呼ばれる手のひら大くらいのマナガツオも一匹400円位するし。これがまたうまい。
その他マイカ、シリヤケイカ、ヒイカ、アジ、アナゴ、ハモなんかもよくもらってきます。うーん、なんて贅沢。こんな食事ができること、見習いやめたら金輪際ないね。昨日なんてオコゼ2匹もらってきちゃいました。
2004.03.07 (日) 微妙な天気
あー明日は漁にでるんだろうか。微妙な天気だ。2,3日前から冬型の気圧配置が戻ってきて、北からの風が寒気を押し下げている。そんなときは大体休みなのだが・・・それが明日は微妙なタイミングで緩んできそうだ。
漁師というのはすごく独特な生活リズムを持っている。獲れる時には3日くらいは15時間/日、ご飯を食べる暇もないくらいにフルに働く。それも当然、肉体労働がメインだ。これはこたえる。それでも70になってもまだ現役でこの道50年とかって人もざらなのは不思議としかいいようがない。最もそんな人はしっかりした乗り子がついているのだが。
その一方で、休みが続くときは一週間くらい続くときもある。そんなときは最初の一日に網の繕いをしておくくらいで、あとはこれといってしておくこともない。
まるで爬虫類のような生活リズムだといったら言い過ぎか。
2004.03.08 (月) Norah Jones -Come away with me-
今日も休み、明日も休み。これで先週の土曜から4連休だ。
特に書くことがないので今日は音楽について書くことにしよう。最近はNorah Jonesにはまっている。あまりに好きなのでついついだれかれかまわず「聞け!」と言いたくなってしまう。後悔しないよ、多分。彼女は2003年のグラミー各賞をかっさらって一躍有名になった新人とのことだ。
ソロアルバムとしては多分一枚目。ちなみに二枚目は今月あたり発売されたはずだ。買おうかどうか迷っている。
えージャンルとしては、いちおうコンテンポラル・ジャズとかっていうんでしょうか。今風ジャズか。まあそんなことはどうでもいい。いやーいいんですよこれが。やさしく語りかけるような歌声。とってもシックで落ち着いた感じの楽器。特に自分がブルーグラスという音楽をかじってたので、マンドリン、ドブロ、ウッドベースなんか入ってるともう、たまんないです。さすがにバンジョーはなかったけどね。なんせアコースティックってのがいいよね。いわゆるジャズっていうのは、自分にとってはちょっとテンポがたるく感じられてあまり好きになれないものが多いけど、これは違う。どちらかというとジャズ風のポップスかな。
殆ど全曲好きなんだけど、しいてベストを言えばSeven yearsかな。もー歌詞が切なくて、まさに「詩」で最高で、メロディーがそれにきれいにマッチしてるんですよ。気分によってはFeelin' the same way, Come away with me, shoot the moon, Turn me on, Lone star...っていうか全曲好きです。もー歌詞がよくてほとんど口ずさめちゃいますよ。ただ一曲、I've got to see you again を除いて。どうしてか、これだけはあまり好きになれません。
いずれにせよ、どれも「元気出して行こう!」ってのりではありません。ちょっぴり気分がブルーになるかも。。でもそれいじょうに癒されます。
本当に詳しい人って、だれそれがどういう事情でどのグループに参加して離脱してどうのこうの、っていう話を恐ろしいほど知っているけど、自分はただ聞くだけ。お気に入りのやつを何度も何度も。そうすると、その時々に聞いていた音楽と、自分の過去がリンクしてくる。
長渕といえば中学でギターを始めた時、テネシーワルツとか、アリソン・クラウスといえば大学でブルーグラスをやっていた時とか、映画館で鉄道員(ぽっぽや)を観た時、カーペンターズは大学4年の就職活動の時(全部落とされてさーもう…でもだから今の自分があるんだよな−)、キャロル・キングは大学卒業の時(冬の北海道は寒かったなー)という具合。
そして今、ノラ・ジョーンズと漁師見習い。わけのわからん組み合わせだけど、絶対将来、「いやーあの時はつらかった。毎日毎日怒鳴られ叱られて泣きそうになってたなー」なんて思い出すに違いない。
2004.03.09 (火) 退学だな…
実は去年一年間ポーツマス大学に留学していたときは日本の大学を休学していて、今も休学してます。日本の大学では最長の在学期間は学部で8年、修士で4年です。ちょうど普通の倍時間をかけられるということですね。で、僕は来月4月からの新年度で4年目です。ところがその12月から2年間、チリでボランティアをしようか、というのです。
ということで、どうも退学することになりそうです。なんだかちょっと後ろめたい気分です。サポートしてくれた両親に対して、お世話になった先生や先輩に対して。
学歴的にはポーツマス大学で修士をとってきたので、日本の大学で修士課程を退学してもそんなにダメージが大きいわけではありません。退学のことは、留学中から「そうなるかもしれない」ということを親に話してありましたが、「いろいろ一生懸命やった結果がそれなら仕方がないね、学位がとれなくても、そこでいろいろ勉強できたことにはかわりはない」というようなことを言ってくれました。感激です。丈夫な体で産んでくれたこと、自分の好きなように(この年にして)やらせてもらっていることには、本当に感謝しています。
学部で物理を専攻してたのが、院に進学して水産経済に変更して、そこの教授や先輩方には本当にお世話になりました。学部の時にふらふら遊んでばかりいて、就職もできずに心機一転、院では勉強する姿勢というものを教えられたと思います。御自身が原稿とか、会議、授業などとんでもない量の仕事を抱えていてもなお、学生のゼミや飲み会を積極的にオーガナイズしてくださって、帰宅が12過ぎになることもしばしばでした。あと2,3年で定年という年でです。何十年にもなる、そんな姿勢に裏打ちされた知識の豊富さ、深さにはすごみがありました。研究者がどういいうものか、その背中で教えてました。
院でよい教授にめぐり合えたこと、それから就職難で勉強をしなかった自分が失敗し、自分の進路について改めて真剣に考えざるをえなかったこと、というのは大変良かったと思います。これがバブル経済の頃だったら、適当にどこかに就職できてしまって、これといって実現したいこともなく適当に毎日を過ごしていたことでしょう。そういう意味では、不況も自分にとっては悪く無かったです。とはいえ青年海外協力隊が終わったら、また厳しい現実が待っているのでしょう。でも今度は自分のやりたいこともはっきりしています。それに向かって努力するのみです。
2004.03.11 (木) 災難な一日
昨日は漁、大変でした。まずは海底の障害物に引っ掛けて網を大破。その後は取り替えた網に穴が開くわ、網を吊る(網は魚が少ない時は手で引き上げますが、そうでない時はロープとクレーンのようなものを使って引き上げます)ロープが千切れるわで、早々に帰港してしまいました。当然魚は少なく大体3万円くらいだったとか。いやー、人が3人、燃料代が約一万/日その他雑費、減価償却などを考えたらこれじゃーだめなんです。一怠け者漁師見習いとしてはさっさと帰港できてほんの少しだけ嬉しかったんだけど、その後いろいろ網を直したりしているうちに結局いつも通りの時間になってしまいました。やれやれ。骨折り損のくたびれもうけ。短期漁師みならいとしてはいろいろ普段体験できないことを体験できて良かった面も。
また明日に期待。今日は全国的にも風が強く当然のように漁は休みでした。
2004.03.16 (火) ぐったり・・・
えー、とりあえず日記つけるの久しぶりな気がします。早くも三日坊主になりそうな勢いです。
先週の木曜くらいから昨日まで、ほとんどプライベートな時間がありませんでした。木・金は漁、定休の土曜日は、「もうすぐ和歌山からいなくなるのにどこも観光に行ってないのはかわいそうだ」ということでお世話になっている漁師の人とその連れの方に和歌山主要観光ポイント巡りに連れて行ってもらいました。朝の8時前に出発し、熊野本宮大社、熊野速玉(はやたま)大社、熊野那智大社の三社参り、橋杭岩、一枚岩、千畳敷、潮野岬、白浜と和歌山県をほぼ一周してきました。潮野岬などは、さすがに本州最南端だけあって、海の色が違いました。また瀬戸内生まれの自分にとっては、久しぶりに見た太平洋も良かったです。あとは太地の鯨、勝浦のまぐろのところに行って、高野山にお参りしたら和歌山の大概のところは制覇かな。にわか和歌山通。でも交通の便の良い「太平洋ベルト(懐かしいー)」から外れた和歌山の南の方なんてなかなか行く機会もないので、満足です。この観光、実はお世話になっている漁師さんの連れの方が「せっかくだから」といって積極的にやってくれたのです。いわば自分にとっては見ず知らずとは言わなくても、相当つながりの薄い方になります。そんな方がここまで親切にやってくれるなんて、田舎ならでは、という気がします。結局有田市箕島に戻ってからは焼肉でしめて、帰りは夜9時前でした。翌日漁に出ることを考えれば(実際出たし)風呂に入って寝るだけです。そしてまた、日・月と漁にでて、今日はようやく休みとなったわけです。休みといっても朝から一仕事やってきましたよ。朝の7時前から電話でたたき起こされ、網の調整。トロールと呼ばれる船では袋状の網を船で引っ張って魚を獲るのですが、その浮き・おもりのうち方、わり(網目の開き具合)等によって大きく良し悪しが変わるそうです。特に左右の対照性にはかなり気を使っています。そんなわけで、長く調整をやっていなかったり、障害物に引っ掛けて網に不自然な力が加わってしまったりした後には、網の具合を再度調整するわけです。そのたびにおもりのついた50mあまりの網をずるずると引っ張ってオカに上げて、広げて見るのだから大変です。休みといえどもやろうと思えばすることはいくらでもある、それがサラリーマンとはまた違うところです。あー疲れた。明日も漁行くんかいな。
2004.03.18 (木) さっぱり獲れません
3月に入って、めっきり魚が獲れなくなってしまいました。メインのタチウオは、2月中には大きいの小さいの含めて、「セイロ」と呼ばれる木箱(大体0.2×0.4×0.7m)に30箱くらいは獲れていたんですが、最近はとびきり小さいのを入れても5箱くらいです。そして、タチウオだけでなくその他の魚も同様に獲れなくなってしまいました。漁師の人たちは、「出だしこそ良かったけど今年もあかんのか・・・」と心配し始めています。そんなわけで最近は、士気も下がり気味。
そのかわりこの辺の人たちが「レンタイキン」と呼んでいるくらげが大量に発生して困っています。これが入ると網を引き揚げるのも一苦労、またクラゲの毒を含んだ飛沫が目に入ろうものならしばらくは目も開けていられないほど痛いんです。当然というか、商品価値はゼロ。全く困り者です。
2004.03.19 (金) 掃除掃除
今日は船をオカに上げて掃除をしました。造船所に船を持っていって、船の表(前の方)を両側から支え、艫(後ろの方)を中心一点を支えると。それが滑車になっていて、また電車のレールのようなものに乗っかっていて、あとはその滑車をワイヤーで引き揚げていくのです。船底にはアオサと呼ばれる海草や貝類が付着することによって移動時に船にかかる抵抗が増し、性能が落ちてしまいます。そのためこのように時々船をオカに上げて掃除をする必要があるのです。
まずは水をジェット噴射させて船体に吹きつけます。これで大概のアオサ、貝類は取れてしまいます。おそるべし水圧。そして簡単。その後さび取りはクレンザーのようなものでしつこい汚れを丹念にこすっていきます。なんだ、結局そうなのね。そして明日はペンキ塗り。
さーこれで網も調整したし、船もきれいになったしで、魚も獲れるといいんだけどな。もう自分が乗り子をするのも10日余りとなってしまい、後何回漁に出られるかも分かりませんが。
2004.03.20 (土) 感激
退学に関すること、青年海外協力隊の技術補完研修に関することで相談のメールを送っていたところ、教授から返事を頂いた。自分で考えた結果、退学しようという結論に至ったのであればそれは結構、また技術補完研修(詳しくは「補完しなきゃならんのだ@、A、Bを参照)に関しても、研修場所を見つけるのに協力してくれる旨の返事を頂いた。感激。課程を全うすることなく去っていこうとする出来損ないの教え子に対して、この温かい対応。
ふらっと立ち寄ったお好み焼屋で、なぜかしらうおの踊り食い。こんなことって漁師町ならではだな。これまた感激。味自体はどうってことなかったけど。
そんな一日でした。さーて、しばらく休みが続いたし、明日は間違いなく出漁だな。だけど問題は魚がないこと。いくら船や網を調整整備しても魚がなかったらどうしようもない。難しい商売です。
2004.03.22 (月) 退学だなA
指導教授の承認を取り、事務に連絡して、いよいよ退学届けを提出する段となりました。いろいろ考えた末に出した結論で、両親も納得してくれているとはいえ、思わず「本当にこれでいいのか…?」と立ち止まって考えてしまいます。
大学院で費やした時間一年半とお金(とはいえ授業料免除をもらってたのでかなり楽にはなったが)。そこで得た友人、経験はかけがえのないもので、それがなければ今の自分は間違いなくないとは思います。それでもなお、修了し学位をもらうことで、形として残すことなく去ってしまうのは大変寂しいです。
今後これを後悔するようなことにならないように、目標の実現に向けて精進あるのみです。
2004.03.23 (火) 高野山
行ってきました。お世話になっている漁師さんが「いなくなる前に連れて行っちゃる」と約束してくれていた場所です。この漁師さん、見た目はちょっとその筋の人に見えなくもないし、船の上ではそれに勝るとも劣らない勢いで恐ろしく見える時もあるのですが(汗)、実はとーってもいい人なんです。
もうあと一週間でいなくなるというのに、「何度分かるんだ!」と、すごい勢いで真剣に怒ってくれます。正直で、情に厚くて、ちょっぴり怒りっぽいけど、まさに「竹を割ったような」という言葉がぴったりな性格です。
さて、そんなわけで高野山ですが、なんと三月の下旬にして未だに雪が残っていたりしました。恐るべし。一番寒い季節にはマイナスの10℃とか結構平気で行ってましたからねー。そんなところで修行するお坊さん達、ほんとにご苦労様です。お寺自体は、さすが真言宗の総本山と言うだけあって、全国各地の歴史上の人物の墓、豊臣秀吉とか武田信玄とか、その他全国各地の大名がごろごろありました。企業の物故者鎮魂碑なんかもありましたが、ロケットとかコーヒーカップの石塔とか、もーみんな好きなことやっちゃってるなーって感じでしたよ。
和歌山県は山ばっかりで非常に交通の便が悪いです。紀伊半島をぐるりと一周し、伊勢自動車道につなげる高速道路を計画中とのことですが、いつになるんだか。。。有田市から和歌山県の反対側、新宮あたりに出るのは、海岸線を迂回するか、山中を横断するかですが、海岸線だと道はいいけど遠回りだし、市街だと渋滞するし、山中横断だと距離は短くても道が悪くて大変です。国道のくせに一車線しかなく、その辺の農道と大差なかったりします。そして何キロかおきに小さな小さな集落が点在しています。いつも思うけどああいう場所での生活ってどんなもんなんだろう?自然と一体で、人付き合いが密でいいものなんだろうか?学校も病院も近くにはないし、本屋とかレストランとか、一切なしで非常に不便そうな気がして仕方がない。いずれにせよ自分は、達観してそうした暮らしができるようになるのはまだまだ先のことらしい。
最後は有田市に戻って、和歌山ラーメンで締めました。うまかったです。すみません、全然どーでもいい感想で。まるで小学生の日記と言われてもしょうがないですね。
2004.03.26 (金) 休み
有田市箕島の底曳は、大方二日連続で漁に出ると次の日は休みになります。魚が獲れている時は三日連続のこともありますが、基本は二日です。そうでもないと体が持たんよ。
というわけで一昨日、昨日と漁に出たので今日は休みでした。朝に2時間ほどかけて網の繕いをした後はのんびりしてました。家の裏手の小さな山に登ると有田市が一望できます。今日は風は強かったけど天気はよくて大変よい眺めでした。帰り道ではなんとキジに遭遇。あまり飛ぶのは得意でないのか、とことこ歩いて逃げて行きました。ごめん、じゃまして。でもそんなものが家の裏にいる生活って今時そんなにないよね。なんか感動。
2004.03.30 (火) 漁師見習いもひと段落
3月もいよいよ終わりですねぇ。4月から、みなさんどんな新しい生活が始まるのでしょうか。自分は去年11月からやっていた漁師見習いも、3月を以って終了という運びになります。この5ヶ月間はすごく長く感じられました。それは、正直いって見習いが大変で、かなり参っていたからでしょう。ホッとしています。
純粋に楽しめたのは、見習いの最初3日くらいだったでしょうか、その後は「よくこんなに怒られる材料があるもんだな」(自分で作ってるんだけど)ってくらいにいつも怒られてて、精神的に非常にきつかったです。終わる頃までにはまともに仕事ができるように、なんて思っていたけど結局無理だったみたいです。残念です。状況に、自分に負けた気がしてかなり悔しいです。
JICAの方から指示されていた技術補完研修は、大学でお世話になっていた教授のつてで山口県は大島郡、安下庄(あげのしょう)漁協の組合員の方の下でさせてもらえそうな雰囲気になってきました。全く以って、その教授には感謝しても感謝しきれないくらいお世話になりました。お礼に伺いたい、って言ったら「こなくていいよ」だって。まぁそういう先生だからな。それに北海道だし。でも夏ごろ暇になったら是非いってみたいです。お礼、観光、友達との再会をかねて。
そんなわけで、いろいろ経験にはなったけど惨敗の漁師見習い第一ラウンドの後には、リベンジの第二ラウンドが4月の末あたりから2ヶ月間、始まりそうです。第一ラウンドの反省を踏まえて今度こそはうまくやっていきたいものです。
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