2004.02.22(日) にっき開店

内容は水産分野で国際公務員を目指す作者の奮闘記。とはいえ実現にはまだまだ時間がかかりそう。。。目下のところ、漁業のこと(現在漁師見習い)、青年海外協力隊(2004or2005年にチリへ漁業生産分野で派遣予定)が主になる予定です。その他適当な雑感も混じりますが。要は何でもありですね。。。ともかく三日坊主にならないように頑張らなければ。  この日以前の分は過去日記です。最近の出来事をテーマごとにまとめて見ました。


2004年5月
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2004/05/02 (日)  人付き合い
2004/05/06 (木)  補完しなきゃならんのだF
2004/05/07 (金)  野球観戦
2004/05/09 (日)  観光案内
2004/05/10 (月)  補完しなきゃならんのだG
2004/05/11 (火)  補完しなきゃならんのだH
2004/05/14 (金)  大島散策
2004/05/16 (日)  補完しなきゃならんのだI
2004/05/17 (月)  研修初日
2004/05/18 (火)  研修初日A
2004/05/21 (金)  更新できん
2004/05/24 (月)  今日も明日も明後日も…
2004/05/27 (木)  大島はいいところです。
2004/05/28 (金)  HP復帰
2004/05/29 (土)  久々の休み
2004/05/31 (月)  梅雨入り
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2004.05.02 (日)  人付き合い
 唐突ですが、人間関係についてです。今までそれほど意識していなかったけど、どれほど多くの人のお世話になって今の自分があるのか、ということを最近、たまに思います。

 留学した時の奨学金、留学先で「奨学生カウンセラー」という肩書きで面倒を見てくださった方、現地で知り得た友人、日本の大学を休学しつつ、同時に正規留学していたことから発生した大学の制度的な問題を「鶴の一声」で解決してくださった教授。この教授には、留学中にインターン先を紹介して頂、さらに帰国後には青年海外協力隊の技術補完研修先をも紹介して頂きました。

 本当に感謝です。いずれは自分も、誰かの人生に貢献する、あるいは支えることができるような人間になりたいものです。がそれは当面、先のこと。

 最近も、年末には青年海外協力隊員としてチリに派遣されるに当たって、「誰かスペイン語教えてくれる人いないかなー」と思っていると、ひょんなことからなんと地元の大学に留学中のボリビア人留学生とお話ができることになる、なんてことがありました。明日会う予定です。楽しみです。

 ちょっと話が変わって、今話題の芥川賞受賞作「蹴りたい背中」と「蛇にピアス」。「蛇にピアス」のほうはいまいち理解できなかった、共感できなかったですが、「蹴りたい背中」の方は実に「そうそう、そうなんだよ」と納得できるものでした。それは僕自身が、小説の主人公のように教室内での人間関係に空々しさのようなものを感じ、その一方でその輪に加われない自分がちょっと悲しかったり劣等感を持ったり、というような学生だったからです。休み時間や昼休みの時間のつぶし方とか、大変でした。。。そういうのをすごく懐かしく思い出させてくれました。というか、当時の自分って相当ひねくれてたんだなーって。

 大学に入って、人づきあいの選択の幅が広がった時には本当にホッとしました。今はもう、完全に「わが道を行く」で、それを他人がどう思おうがほとんど気になりませんがね。それくらいのタフさは身につきました(笑。
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2004.05.06 (木)  補完しなきゃならんのだF
 青年海外協力隊として派遣された先で一緒に働くことになる人とコンタクトが取れたこと、それによって現地で必要となってくる技術・知識がかなり具体的に分かったことは以前に紹介しました(補完しなきゃならんのだE)。

 今日はそれに関してJICAの中で頼りになりそうな人はいないのか、ということをJICAの事務局に問い合わせてみました。すると「技術顧問」と呼ばれる担当の人がいるのでコンタクトをとってみればよいとのこと、ついでに「2年間なんてあっという間だから、その期間全てを『新たな技術を取り入れた漁業の導入』への調査・準備に充てるくらいでいいんですよ」という旨のことを言われた。うーん、それって「受入調査表」に書いてあることとはちょっと違ってるんだけどな。「受けいれ調査表」の方には、始めの半年で「漁業の現状とニーズを探り」、その後半年間で新たな漁業導入の「プロジェクトを立案し」、残りの1年間でそのプロジェクトの「実施にあたる」という具合に書いてあります。

 でも、2年間っていうのは案外、そんなものなのかもしれないですね。所詮、専門と呼ぶのもおこがましいようなレベルの知識・経験しかない自分が行ったところで、2年間で目に見えて成果が見えるところまで達するのは難しいのでしょう。青年海外協力隊は、活動期間が2年間で区切られるのですが、場合によっては延長もあるし、継続して別の協力隊員を送る場合もあります。新規でなんの積み上げもないところからボランティア活動を始めるんだから、あまり気負わないでやったほうがいいんでしょうかね。
 現地の人にも、「これこれできます」と言っておいてそれができなかった、というよりは、当初の予定以上にできた、といった方がどちらかといえば印象はいいでしょうし。

 来週からはいよいよ山口で技術補完研修です。そろそろスイッチを切り替えなければ。
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2004.05.07 (金)  野球観戦
 に行ってきました。ここ倉敷には「マスカットスタジアム」という球場があって、年に何回かプロ野球がきます。今日は阪神ー中日でした。大半は阪神ファンでしたが試合は3-4で中日の勝ち。残念。試合後の六甲おろし合唱はなしです。でもいろいろ見せ場はありました。福原-山本昌の投げあい、金本のホームラン、中日のショート井端と阪神今岡のファインプレイ、最後には岡山出身の川相と八木まで出てきて、なかなか盛り上がりました。

 それよりなにより、やっぱ生の雰囲気ですよね。テレビと違って、選手の表情までは分からないし、いいところのリプレイなんてものもありませんが、やっぱり生で球場や試合の雰囲気を味わうのはいいものです。天気もよくてビールのほうも進みました。
 野球を知ってる人にとっては、野手の動き一つ一つや、打球、投げる球の伸びなど、「やっぱりプロってすごい」と実感できるのも大きな楽しみの一つです。
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2004.05.09 (日)  観光案内
 今日はひょんなことから友達になったボリビア人夫婦に、町の観光案内をしてその後家でご飯を食べていってもらいました。

 あまり時間がなかったので、大原美術館と美観地区を駆け足で回るだけになってしまいましたが、当人もなかなか楽しんでくれたみたいで良かったです。地元人の自分も案外地元の観光名所は行かないので、なかなか楽しめたです。モネの睡蓮って、大原美術館にあったんですね。。

 自宅に招いて夕飯を食べながら、ボリビアの風景を集めた写真集も見せてもらいましたが、なかなかすごいところみたいです。山か、谷か、砂漠か、森。まず首都のラパスがアンデス山脈のふもとの高地にあってその高さなんと3,600m級。富士山の頂上で生活してるようなものです。地形的にもなんだか大きな谷の底に町が広がっていて、平らなところが全くない。よくそんなところに首都をおいちゃったな、と思うのですが、商業的に重要な中継地点になること、それから平らな高地は気温が上がりすぎて住むのには適さない、とのことです。一方ブラジルとの国境付近ではアマゾン川の源流とか、それを取り巻く熱帯雨林とかもあるし、砂漠もあるし。。。陸封国とはいえなかなかあなどれず自然のバラエティーが豊かなところだということが分かりました。最もそれと国としての豊かさは別の話です。天然ガス以外にはこれといった産業もないそうで、またあの国土を見るに農業にも向いてなさそうだし。大変だと思います。

 ところで別の話。そのボリビアの人曰く、バルパライソの(というかここに限らず)漁師は、人はいいのだが言葉が分からないと。互いにスペイン語を話すのだけど、漁師さんたちはとにかく早口なんだそうです。そんなネイティブの人でも分からないって自分はどうなるのよ…

 でも日本でも同じかもしれません。北海道の漁師さんに聞き取り調査した時も、和歌山で漁師見習いしてた時もやっぱりかなり面食らったもんね。アクセントが違う、ボキャブラリーが違う、漁師町に残っている方言はホント難しいです。しかし今度は山口の大島で、どうもみんな広島弁風の言葉をしゃべっているみたいです。ということは岡山人としてちょっと地元の利があるということです。どうなることやら。
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2004.05.10 (月)  補完しなきゃならんのだG
いよいよ明日、技術補完研修のために山口に引っ越します。実際に研修が始まるのは5/17からですが、その前にちょっと町の様子を知っておこうという考えです。

 4月の始めに和歌山での漁師見習いを終えて今まで一ヶ月間、だらだらと親のすねをかじっていただけだったのはかなり情けないけど、考えてみれば

留学を終えて帰国(2003/10)
和歌山で漁師見習い(2003/10〜2004/3)
山口で技術補完研修(2004/5〜2004/7)
長野で(主に)語学訓練(2004/9〜2004/11)
チリ向けて出発(2004/12)

となり、その合間に青年海外協力隊の試験を受けに東京行ったり、実家でのんびりしたりしてるわけで、まあいろいろやってるわけではあります。帰国して一年で出国だし。それにしてもほんといろんなところを放浪してるなぁ。
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2004.05.11 (火)  補完しなきゃならんのだH
 今日、技術補完研修の場所山口県は大島郡に到着しました。いろいろ来週から研修の始まりです。それまでは町をぶらぶらしたり、必要なものがあれば買い揃えたりしたいです。

 周防大島はこれといって何もない島ですが、海のきれいさには驚かされました。倉敷の濁った海に比べると雲泥の差です。夏が楽しみです。きっと夏には海水浴客がたくさん来るんでしょう。早速スーパーの鮮魚コーナーをのぞいてみましたが、タコがまるまる一匹づつ普通に売られていたのはさすがですね。ここはタコ籠(つぼではない)も盛んだとのことです。よくみるとまだ微妙に生きていたりして、新鮮そのものです。あとはアジとメバル。青物は痛みやすく普通はスーパーで刺身を見かけることは余りないと思うのですが、そこはやはり漁師町。メバルも安かったですねぇ。17か18cmくらいのが一匹300円してませんでした。

 あと面白いなと思ったのは、タチウオの刺身。和歌山の方では、皮に筋を入れてそのまま残していましたが、こちらでは普通の魚と同じく皮をとっていました。でもタチウオの身は頭から尻尾の方向に、身が4本筋のように通っているので、皮をとってしまうと身が4本、バラバラになってしまいそうなものです。そこは何か、うまくおろす秘訣があるんでしょうか。今度聞いておきたいです。
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2004.05.14 (金)  大島散策
 昨日の雨とはうってかわって、今日は良い天気でした。そこで今日は朝からレンタカーを借りて島をドライブ。特にしたかったことは、まずは海のきれいさを堪能すること。

 自称「西日本一青い海」の片添海水浴場、を筆頭に、島東部に位置する東和町には海水浴場がたくさんあります。これはもう、期待通り、いや期待以上でした。島の北部側はちょっと濁って見えましたが、南側はもう文句のつけようのないエメラルドグリーン。片添海水浴場は、海水の透明度自体は他と変わらないのですが、広さ、砂浜のきれいさ、公園や軽食がとれる施設などの点で大変整っていました。ヤシの木が整然とならんでいて、海はエメラルドグリーンで、何か南国の海にでも迷い込んだかのような雰囲気でした。こんなところが瀬戸内海にあるなんて…
 当然のことながら、海の色は海底の状態によっても変わります。砂地の場合は緑がかった色、岩や海草の場合は深い青、あるいはちょっと黒っぽい青です。一面が砂地なのもきれいですが、個人的には岩や海草がまじってないとだめですね。そんなところにはたくさん魚がついているので、ちょっとした水族館のような具合です。そんな場所で泳げば何時間でも飽きずに楽しめます。これはいよいよ夏が楽しみだ。

 東和町には悲しい話もあります。それが「陸奥記念館」です。終戦間近な昭和18年6月、東和町沖で当時日本海軍の主幹を担うはずだった戦艦陸奥が突然原因不明の爆発で沈んだというのです。乗組員が1,400人余り、うち生存者が350人余、残りは全員海面を漂ううちに、あるいは艦内に閉じ込めらたまま亡くなったということです。戦艦の引き揚げが行われたのが、沈没から27年たった昭和45年、それにともなって多くの遺品がようやく遺族の元に届けられた、ということです。と同時に引揚たものを材料に、爆発の原因についても調査が行われたことは想像に難くないですが、やはり原因を突き止めることはできなかったようです。
 記念館の中には時計、軍服、家族との間の手紙などが収められ、隣接する公園には戦艦陸奥の砲台、船首、スクリューが置かれています。周りの景色ののどかさと、朽ち果てた巨大な鉄屑となったそれらがかもし出す黒く、重くのしかかるような無言の圧力が対照的でした。。。その辺泳いでたら海の底から手が出てきそうな話ですね。
 
 ところで自分が今まであった島の人たちはみんなとても温かいです。今日はレンタカーを返したあと、本当なら一時間かけてバス停まで行くところを、親切にも車で送ってくれました。ホント、老後はこんなところで悠々自適に過ごせたら最高だな、って思えます。

 
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2004.05.16 (日)  補完しなきゃならんのだI
 週末はあいにくの雨。釣り三昧の計画が、おかげで部屋にこもりっきりになってしまいました。しかし。雨でもできることはある。お世話になる漁師さん、A氏の家に、飲みに招かれました。昔から新しい乗り子が加わる度に「門出」と称して飲むこと、また潮が一周するたびに(大潮→中潮→小潮→中潮→大潮で一周。周期は2週間くらい)にみんなで集まって飲むことが昔からの習慣なのだそうです。最も最近は省力化が進んだこと、昔の習慣を守るものが少なくなってきたことなどから、そうした飲みの場を設けることも少なくなってきたことのことでした。

 いずれにせよ、たかが2ヶ月とはいえそうして歓迎してくれるのは大変有難いことです。A氏はかつて9年間ほど組合長をした経験があり、また今は現役の漁師、同時に「指導漁業士」として活躍される方で、今回の研修の講師としてはまさにうってつけの方です。今は息子さんと二人でほぼ毎日漁に出ておられます。
 飲み会の途中から現組合長も加わりましたが、元組合長、現組合長の両氏から、今回なぜ自分を(研修生として)うけいれることになったかについてとくとくと説教されました。青年海外協力隊の「技術補完研修」は、JICAからおおよそ全ての経費が支給され、その中には、当然指導にあたる講師への指導料も含まれます。その額についてはJICAと研修の受け入れ先との協議によって決まりますので、ケースバイケースですが、今回の自分の技術補完研修に対しても、少なからぬ金額が指導料として支払われることになっています。しかし元・現組合長の思惑はそれをポケットマネーとして得ることにはとどまらなかったのです。

 曰く「研修を受け入れるからには、最高の研修を提供する。そのかわり、その2ヶ月間漁業の現場を経験して得たことを、若い漁業者に伝えてやって欲しい」とのことです。漁業の現場に関しては、日ごろから実際に漁業に携わっている彼ら(若い漁業者)の方が熟知しているのは明らかですが、別の視点で漁業に関わってきた自分(大学で勉強したり、漁業のボランティアでチリに行く)のインプットが、彼らに対する何らかの刺激になることを期待している、とのことでした。さすがは歴代の組合長。考えることが違います。こんな機会ですら組合、地域漁業の発展につなげようというのです。その考えには大賛成ですが、さて自分に一体何ができるのか?これは大きな課題を与えられてしまったものです。確かに漁業者とは違う形で漁業と関わってはきましたが、たがだか数年間のものです。そこから、漁業を一生の職業として関わり続けている人たちに対してどんなメッセージが伝えられるのか。面白い課題ですが、困ったものでもあります。なんとか2ヶ月間、研修を滞りなく終了できればいいと思っていましたが、大きな課題を与えられてしまいました。2ヶ月間なんてあっという間だしなー。一体自分何ができるんだろうか?
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2004.05.17 (月)  研修初日
 のはずが雨で漁に出ず。前日もおそらく休みだったのだろう、陸での作業もなく一日まるまる休みになってしまった。まあそんなものだろう。研修期間2ヶ月といえども、実際に漁に出られるのはその半分もあるかないかだ。特にこれからは梅雨で雨が多くなるし、漁もあまり思わしくないので、どうしても「無理して出てもそんなに獲れんしなぁ…」ということにもなってしまうだろう。7月の下旬から8月にかけて、魚が出てくるんじゃないかという話だが、幸か不幸かちょうどその頃にはこの研修もおわってしまう予定なのだ。まぁあまり忙しすぎると研修の指導に当たってもらう時間余裕も無いかもしれないので、漁師さんには悪いがちょっと暇なくらいがこちらにとっては都合がよいのかもしれない。

 仕様が無いので前の浜で釣りをして、アジとカサゴをゲットした。型は小さいが、カサゴはどうもかなりいるようだ。すみかになりそうなポイントも多い。いいおかずが調達できそうだ。今日は唐揚げにして食べたけどなかなかいけました。
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2004.05.18 (火)  研修初日A
 今日は漁に出ました。漁師見習い体験も二度目です。前回は働いてお金を得ることが(自分としては経験のためだったとしても)メインでしたが、今回はJICAに研修費用を持ってもらってのものです。そのためよく言えば楽、悪く言えばお客さん扱い。黙って見てても全く問題なく作業が進んでしまいます。とは言ってもそんなことをしては皆さんの税金を無駄遣いすることになりますから、もちろん一生懸命やらせてもらいます。

 前回の和歌山は小型底曳網でメインはタチウオ、今回の山口では引き縄でメインがまたもタチウオです。別に選んだわけでもないんだけどな、何か縁があるのかな?あったらいいな。おいしい魚なので大好きです。今日も一本頂いてきました。役得役得。でもヤツの歯はいただけない。暴れてる奴なんて、ちょっと触れただけでぱっくりざっくり皮膚が裂けること、請け合いです。気をつけましょう。
 
 底曳網とは、すごーく話を簡単にすると、大きな袋状の網で海底を根こそぎさらってしまう漁業です。別にえさを探していようが寝ていようが、とにかくそこにいる魚を全て獲ってしまうわけです。なので規模が大きくたくさん取れますが、商品価値のないものもたくさん混じって獲ってしまうので、場合によってはちょっと問題になります。
 一方の引き縄は、ようは釣り。ただし針の数は70本にもなります。これをタイミングよく海に投げ入れていくのは実は大変危険で熟練が必要になります。映画「パーフェクト・ストーム」でカジキマグロを狙う延縄漁船で事故が起きましたね。あれです。恐ろしい。海に引きずりこまれなくても、針が刺さるだけで一大事です。カエシのついた針を抜くには、切って傷口を広げるか、ペンチか何かで無理やり抜く以外方法はありません。カエシをペンチで切ってしまえばただの針ではありますが、体に刺さった状態でカエシを切り落とすのも痛そうだし。

 ところで今日は一週間のブランクの後にインターネット復帰しました。やっぱり便利ですね。あると安心します。
Hanaさん、掲示板への書き込みありがとうございました。ほんと、一年なんて終わってみるとあっという間ですよね。僕にとって、ポーツマスで過ごした一年間は、早くもノスタルジックな思い出の中のように感じられます。時の経つのは早いものです。新しいこともいろいろ始まるし。アンディにも連絡してみようと思います。
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2004.05.21 (金)  更新できん
 今週の火曜日にやっとこさインターネットに復帰して、HP,というか殆どだれも見ていないであろうこの日記を早速更新しようと思ったのですが・・・FTPでサーバーにアクセスできない・・・なんでだ。うらむぞ。Infoseek。

 なので、今日はこうしていつ実際に更新できるかもわからない日記を書いている状態です。空しい。
 あー、あんまり空しいのでどうでもいい話を一つ。今日も朝4時半から漁に出てきたのですが、その1時間くらい前から起きて、コーヒーを飲んだりテレビ見たりしながら目を覚ましています。そのテレビで見た三面記事。



 ロサンゼルス交響楽団が所有するストラディバリ作のチェロが盗まれた事件で、ロサンゼルス市警は18日、チェロが見つかり楽団に返還されたことを明らかにした。
 1684年に製作されたチェロの現在の価値は約350万ドル(約4億円)で、4月25日、楽団員の自宅から盗まれた。3日後、ロサンゼルスに住む女性が路上で発見したが、有名なチェロとは知らず約10日間自宅に保管していたという。
 チェロ本体は亀裂が入るなどの損傷があるものの、専門家は完全修理が可能としている。窃盗の実行犯や、路上にチェロが捨てられた経緯は分かっていない。』

だそうなんですが、そのテレビによると、
@問題のチェロが発見された場所はゴミ捨て場
A見つけた女性は、そのチェロの価値を知らず、「なんだか古ぼけた楽器だけど、いい木は使ってるみたい。そうだわ!ロブに頼んでこれをCDラックにしてもらおう。きっと素敵なのができるわ」ってなのりで早速ロブに頼んだ
Bロブは早速そのチェロを分解して・・・いや、そのまえにふとF穴(楽器の表面に開いてるfの形の穴のことです)を覗き込んで、ストラディバリのサインを発見した

C正直な彼女とロブはそれを警察に届け出て一件落着

とのころです。(ロブは勝手に名前をつけちゃいましたが)

これにはさらに続きがあって、そのチェロには600万の懸賞金が懸けられていたのですが、それはその女性に送られたこと、その女性は600万を児童の音楽教育のために全て寄付するとのことです。なぜっかっていうと「あやうくストラディバリをCDラックにしそうになるような人をなくすため」なんだそうです。

 なんていい話じゃないですか。この殺伐とした世の中でそんなジョークのようなことがあるなんて。しかもその女性もえらい!自分だったら100万くらいは寄付するかもしれないけど、あとは有難くもらっちゃいますよ。あなたならどうです?

 そんな感じで今日はなんとなく気持ちのいい一日の始まりでした。
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2004.05.24 (月)  今日も明日も明後日も…
 補完研修の漁が続きます。前回の和歌山は、一日出漁すると大変ハードだった分、休みは多かったんです。土曜は定休だしそもそも普通で2日出漁すれば3日目は休み、獲れている時でも3日続けば休みでした。しかし今度は、定休全くなし。週末だろうが関係なし。ここのところ天気が続いて・・・正直今雨を待ち望んでいます。早く来い、梅雨前線。
 技術補完研修と平行して、その報告書の作成、それから自主学習のレポートなどあるものだから、休みを利用してやろうと思ってたのに、なかなかできません。というのはいいわけなんだけどさ。ブツブツ。

 考えてみると、人生で今まで一度もまともに働いたことがなかったような気がします。学校にいるときは自分のペースでできたし、(それこそまる一日休みにしちゃったり、その代わりに試験前とか気分が乗ったときに徹夜してみたりとか)、留学中には一ヶ月ほどインターンで朝9時から夕方5時まで、電車で一時間かけて通ったりもしましたが、あれも週末は休みだったしなぁ。

 世間の皆さんはこんなハードワークに耐え忍んでいるんでしょうか?偉すぎる。それとも漁師の仕事がきつすぎるだけかな。いずれにしてもいい修行になります。そういっとくしかないなこりゃ。
 
 


 
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2004.05.27 (木)  大島はいいところです。
 海とみかん畑しかないけど、いいところです。リタイアしたらこんなところで自分の船を持って、毎日釣りにでて、民宿なんかできたらいいなー、なんて毎日毎日海にでながら、ヒマなときに考えています。もうけなんて考えずに、自分の好きなように悠々自適に。

その前にすることがたくさんあるんだけど。リタイアするなんて何十年も先の話。
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2004.05.28 (金)  HP復帰
 やれやれ、ようやくなんとかHPの更新ができるようになりました。FTPを使ったファイルの転送は相変わらずうまくいかないのですが、最近は無料HP作成をサポートしているサイト(自分の場合はInfoseek)でファイルが転送できるんですねぇ。便利になったものです。携帯でYahooなんかの場合は携帯でフリーメールをチェックできたりもします。引越ししたてでインターネットがなかった時は重宝したものです。

 さて、大島です。相変わらずほぼ毎日技術補完研修もとい漁師見習いに出ています。朝の3時半起床、4時半出港、午後3時頃に帰港して終了というのが大体の流れです。さて、研修といっても、実際のところはほとんど漁を操業している様子を見学させてもらうだけです。たったの2ヶ月間ですから、そんなに重要な仕事をさせてもらえるわけではありません。それでも、というか、何も手伝えないからこそか、精神的には結構疲れます。じっとしているだけなので結構体がこちこちに固まってしまいます。そんなわけで最近ランニングを始めました。ジョギングよりはちょっとだけ本格的。しかし大島は坂ばっかりで閉口。普通の道を走ってる時より坂を上ってるか下りてる時の方が多い。こりゃークロスカントリーか何かの練習してるみたいだ。
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2004.05.29 (土)  久々の休み
 雨と風のために今日は漁に出ません。なんと先週の木曜日以来、10日ぶり。瀬戸内海では風や波が出たといっても、外海に比べると全然たいしたことはありません。しかし、だからといって漁に出ていては休む暇もない!

 さて、そんな久しぶりの休みに何をしたかというと、青年海外協力隊員の候補生として、活動する国に派遣される前に3ヶ月間、「派遣前訓練」があるのですが、それに関するウェブ日記を読みふけっていました。これが実に楽しい。読んでると期待にわくわくしてくる。不思議なことに、訓練後、実際に活動する国に派遣されてからの日記についてはそれほど面白いと思えない。多分、訓練の方が目先にあること、訓練中はみんな同じことを経験するので、直接これから自分がすることだからでしょう。

 自分の活動分野は「漁業生産」というとてもマイナーなものなので、同じ分野の人の、派遣されてからの活動記なんてものは見つかりません。大変残念ですが。自分がその先達をつけてやる!ってな意気込みがいつまで続くか・・・

 考えようによってはその3ヶ月間の「派遣前訓練」は天国のような生活になります。なにがいいって、まずタダでいろいろ勉強させてもらえる。協力隊の候補生は、そこで各派遣国で話されている言語をみっちり勉強します。ネイティブの先生一人に対して生徒が2〜4人のクラスを毎日2〜5時間くらいみっちり勉強させられるそうです。。そんなことを自費でやろうと思ったら大変。これを住居を提供してくれて、諸々の生活費を全て負担してくれて、その上ちょっとしたお小遣いつきでやらせてもらえるというのです。完全個室、体育館やスポーツジムまで揃っているという話です。

 そこに集まってくる協力隊員の卵も大変個性的な人が多いということ、また2年間をある意味棒に振ってまで参加してくる人たちの集まりという意味で、他の人とはなかなか共有できない価値観がそこでは共有できるかもしれません。自分と同じように協力隊を国際公務員へのステップに考えているような人ともめぐり合えたら最高です。

 訓練所の生活を綴った日記は見ていて面白い。一芸アリの自己紹介があると聞いて「そうか、じゃあ自分はなにを・・・」とか、マラソン大会があると聞いて「そうか、じゃ一番目指して今からトレーニングだ!」なんて、大変実感が湧いてきます。なにより彼らが、その3ヶ月間を心から楽しんでいる様子がありありと伝わってきます。もちろん、みんながみんなそうじゃあないんだろうけど。あと、生き生きした文章で書いてあると、人の日記って面白いですね。その点自分のはさっぱり。どうすればあんなふうに書けるのかな…

 考えてみれば、自分はそうした集団生活にどっぷりと染まって心から同胞意識を共有できたこともないかわりに、苦痛で耐えられなくなった経験もない。良し悪しは別として、そういう性格なのだ。だけど今回の9月から始まる集団生活ではなるべくディープに関わって、濃い経験をしたい。
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2004.05.31 (月)  梅雨入り
 昨日はいつもどおり漁に出て、今日は雨が降ったので休みでした。昨日から山口県も梅雨入りです。考えてみれば過去6年くらいはずーっと北海道にいて、その後一年イギリスにいて、梅雨とは縁のない生活だったので、結構こたえます。このジメジメ感。早速エアコン稼動開始です。これなかったらかなりやばいことになっていたでしょう。なにせ今の部屋は一階で向かいにもアパートがあるので、網戸で窓全開、というわけにはいかないのです。
 
 さて、昨日はとんでもないことで梅雨を実感してしまいました。それは真夜中の12時過ぎ、すでに寝ていたのですがなんとなく目を覚ましてみると・・・暗闇のなかからかさかさかさ・・と音がするではないですか。さっそく手元の電気スタンドのスイッチをいれてみると・・・でました。ムカデ。あー勘弁して欲しい。せめてゴキブリの方がまだよかった。大きさは10cm強だったかなものすごい勢いで部屋の隅のほうに逃げていったのがねぼけまなこに焼きついています。恥ずかしい話格闘する武器も勇気もなく、蚊取り線香焚きまくり、電気つけっぱなし(暗いところがすきらしい)、エアコン入れまくり(じめじめしたところがすきらしい)で夜をやり過ごすことにしています。引越ししたか、成仏してくれていればいいんだけど。

 虫のない生活ってこんなに有難いものだったんだ。。。北海道にいたときは全然見なかった、という話した時の「へぇー、あんたの部屋で出んのじゃったらほんまにおらんのじゃなー」(おいっ!)という姉のリアクションも、いまさらながら納得です。まいったまいった。夜寝てる時になんか体がむずむずすると思ったら・・・なんて想像するだに恐ろしい。

 閑話休題。
 休みの日だったので、青年海外協力隊の訓練所生活について、ウェブ日記を見てました。また。それに加えて、月末の家賃、新聞料金を払って、それからスペイン語勉強して、青年海外協力隊の「自己学習」にも今日やっとこさ手をつけてみました。これは要するに、訓練始まる前に、「なにか役に立ちそうなこと、自分で勉強しときなさいね」というものです。僕の場合は「漁具・漁法学について学習する」という、技術補完研修の指示と同じく抽象的な内容です。御丁寧にレポートの提出まであります。漁具・漁法学といっても結構範囲広いんだけどな。まずはどこに絞って勉強するかについて考えないと。
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日々日記DEMO by Small Ocean