2004.02.22(日) にっき開店
内容は水産分野で国際公務員を目指す作者の奮闘記。とはいえ実現にはまだまだ時間がかかりそう。。。目下のところ、漁業のこと(現在漁師見習い)、青年海外協力隊(2004or2005年にチリへ漁業生産分野で派遣予定)が主になる予定です。その他適当な雑感も混じりますが。要は何でもありですね。。。ともかく三日坊主にならないように頑張らなければ。
この日以前の分は過去日記です。最近の出来事をテーマごとにまとめて見ました。
2004.11.01 (月) 61/79
また一週間が始まった。まだあと3週間近くあるというのに、うちの語学の先生は、今週が語学学習の上では実質的に最終週だという。曰く、来週の頭には最終テストがあるので、その後はみんな浮かれてしまって(もちろんパスすればの話)勉強が手につかない、という。18年やってるというベテランの先生がそういうんだからそうなのかもしれない。文法的にはいよいよ接続法の現在と過去に入って、一通りカバーしそうだけど、これを使いこなせるようになるには途方もない量の練習が必要だ。それにリスニングも、ボキャブラリーもまだまだだし。そんなわけでテスト自体はどうせ前回と同じくたいしたことはないだろうが、勉強することはまだまだたくさんある。とにかく頑張ろう。特に訓練終了後から出発するまでの空白が怖い。荷物まとめたり友達に会って回ったりしてるうちにすっかりスペイン語なんて忘れてしまいそうだ。ま、とにかく頑張ろう。
明日はクラス内では最後のプレゼンだ。さらに後には何クラスか合同で語学発表会があるらしいが、それは各自5〜8分程度らしい。クラス内のプレゼンは1時間、時には1時間半くらいになることもあるくらいなので、時間的には合同の語学発表会なんて全然平気、なはず。
2004.11.02 (火) 62/79
語学に予防接種。今日は黄熱病だった。
そろそろ修了・出所の話が出てきた。荷物を送るとか、バスをチャーターするとか、飲み会の話とか。なんだかんだでいろいろ出費があって、非常に懐が寂しい今日この頃。終りが近づくのはちょっと寂しい。語学のプレゼンも今日で最後のが終わってしまったし。こちらの方はあんまりうまく行かなかったけど、それはまあ、今後の課題ということにしておこう。
久しぶりに地元のボリビア人の友達と話をした。訓練が始まるまでは英語だったけど、今回はスペイン語で挑戦。実質的に始めてコミュニケーションをするためにスペイン語をしゃべった気がする。まだうまくしゃべれないので恥ずかしくてしょうがないんだけど、一応通じたみたい。スペイン語の場合、発音に関してはこちらが聞き取れないことはあっても、こちらの言うことはほぼ理解してもらえるようだ。そういう意味では英語よりずっと簡単。
2004.11.03 (水) 63/79
語学のみの平穏な一日。ちょっとスペイン語に飽きて「協力隊三部作」と一部では呼ばれているらしい「発展途上国と日本」「日本人の可能性と限界」「ボランティア・スピリット」を読んでみる。自分が生まれた頃、20数年前に書かれたものだけど、候補生が出発前に考えること、現地で悩むこと、得ること等など現在と大して変わらないようで、なかなか役に立ちそうな視点がいくつも含まれていて意外に参考になりました。
2004.11.05 (金) 65/79
語学に後はお寺の和尚さんの講義。心にゆとりを、ということらしい。講義の後には希望者が座禅をしていた。聞いたところによるとなかなか普段味わえない境地を、意外と簡単に味わえるとのこと。でも自分は部屋で一人瞑想に耽ってました・・・。
2次隊とほぼ同じような時期に調整員として派遣される人たちがKTCに研修に来た。一日泊まって、それから明日は一緒に授業を受けたりもするらしい。行った先ではいろいろお世話になる人だからいい関係を作っとかないと。しかし残念ながらチリの調整員はいなかった。調整員の任期も2年だから、タイミングよくずっと同じ調整員の下で活動できる隊員は楽かも。
しかし、協力隊事業の目的の一つに日本の若者の成長というのがある。だから2年という任期が成果を出すには多少短すぎたとしても、どんどん新しい人に交代させてなるべく多くの人にチャンスが行き渡るようにしている。しかし調整員の場合は、長くいて、その国のことを知れば知るほど「調整」だって上手くいくだろうから、任期はもうちょっと長くてもいい気がするけど。
2004.11.06 (土) 66/79
週末。なのにいつもどおり語学が5コマ、さらにその後体力測定と、いつもよりハードな内容。うちの語学クラスでは風邪がはやっていて自分以外は5人とも程度の差はあれ調子が悪そうだった。なので5コマ目くらいにはみんなどんよりしてて、終わりのチャイムがなってホッとした。体力測定は前回に比べると体調とモチベーションはいまいちだったけど、伸びた項目は伸びていた。やっぱり毎日3km走ってると持久力がつくものだ。
夕方になってようやく外出できる時間。テスト前だけど結構な人数の人が飲みに行っていた。まああと2週間しかないんだし、テストも大切でなくはないが、それよりもみんなとの時間の方がもっと貴重だろう。自分は今日は行かなかったが、明日は一日しっかり遊ぶ予定。今日は残って勉強しようとはしたけど、いまいちはかどらず。せっかくの土曜に勉強しようというのがそもそも間違いだ、なんてね。
2004.11.07 (日) 67/79
日曜日。来週の週末が終わればもうこの訓練が終わる。明後日には語学の最終試験がある。その後も語学の授業やその他のオリエンテーションがあるとはいえ、実質的には終わったようなもの。本当にこの訓練も終盤だ。そんなテストが差し迫った週末だったけど、今日は飲んだ。まあ昨日はKTCに残って勉強してた(少なくともしようとはした)から今日は大目に見よう。任地でのこと、帰ってからのこと、KTCでの生活のこと等々いろいろ面白い話ができた。こうした息抜きがあってこそ、平日の訓練も集中してやっていけるのだ。少なくとも自分にとっては。
それから、事情があってKTCから退所した人から今日手紙が届いていた。この人は大学での専門が自分と近かったこともあって、何かと親しくしてもらっていた人だ。途中で退所されたのは本当に残念だけど、とりあえず元気そうなのは何より。今度は自分が任国からいろいろなニュースを届けられれば、と思う。とりあえず残り少ない訓練、悔いの残らないよう頑張ろう・・・。
2004.11.08 (月) 68/79 最終テスト前日
というわけで、語学をメインにやってきたこの訓練も、明日が最終テスト。その後も授業があって、最後の最後には「語学発表会」なるものもあるけど、まぁテストが終わってしまえばモチベーションを維持するのが難しい人もいるのだろう。
2ヶ月間というそう長くはない間にも、ここで新しい言語を始めた人は相当量勉強して頭に詰め込んでいる、なにせ日曜以外ほとんど毎日5時間授業があったんだから。そんなわけで、テスト前日とはいえ、「今日一日やったくらいで変わるもんでもないし。なるようにしかならないさ」という達観とも諦めともつかない雰囲気が漂っていた。というか自分はそうだったし、そんな風に感じていたひとも少なくはなかったと思う。
2004.11.09 (火) 69/79 最終テスト
いよいよテスト当日。中間テストと同じく午前中はリスニングと筆記、午後はスピーキング。
当然だけど、入所時や中間テストよりは格段に難しくなっていた。それでもやはり既習者にとっては実力を発揮するチャンスは少ない。そんなに難しくないから差がつかないのだ。でも一方で全くゼロから始めた人の中には結構つらかった人もいたようだ。試験が終わった後早速呼び出しがあったとかなかったとか。ちなみに自分は・・・そんなに悪い点ではなかったとだけ言っておきましょう。
ま、このテスト自体茶番といえば茶番。「現地での活動に必要最低限」のレベルをチェックするだけのものであって、これをパスしたからといって現地でよい活動ができると保証されたわけでもないし、言葉ができなくたってよい活動ができる人がいないこともないだろう。ともあれこのここでの語学学習の修了は、本番に向けてのスタート地点でしかない。テスト後に早速フォローアップがあって、2ヵ月半の語学訓練は「偉大なる一夜漬け」だと。要するに短期集中で覚えたものは忘れるのも早いから、今後も気を抜かずにしっかり勉強しなさい、とのことらしい。ま、そんなことは自分での十分分かっているつもり。
2004.11.10 (水) 70/79
テスト後も全くこれまで通り語学の授業。でもやっぱり全体的に試験が終わってホッとした雰囲気があるかな。夕食後はスポーツをしたり、週末の予定を立てたりする人が多かった。ま、いくら語学は重要だといっても、あと一週間足らずとなったこの訓練、しかも一旦ここを離れると大部分の人とはおそらくもう会うこともないだろうから、今のうちにみんなとしっかり交流しておきたい気持ちが優先するのは致し方ない。
そんな中、朝の集いの何度か無断欠席した結果、週末の外出を禁止された人がいてかわいそうだった。聞けば先週の週末は土日とも駄目で、今度(最後)の週末も日曜だけ外出OKという。そんなせこいことせずに最後くらい好きにさせてあげたらいいのに。確かにルールを守れなかった事に対して責任をとることは大事かもしれないけど、ちょっとタイミングが悪いんじゃない?と思った。
2004.11.14 (日) 74/79 最後の週末
ここに来てしばらく日記に空白を作ってしまった。まず木曜は「ご接見」。これは行く前に隊員(候補生)が候補生に挨拶をするというもの。赤坂の御所まで駒ヶ根から3時間半ほどかけて行ってきました。訓練もいよいよ終わりに近づいて忙しい中、たかだか30分程度の儀式のために丸一日をつぶしてしまうのもちょっともったいない気がするけど、皇太子を間近に見て、肉声を聞くことができる機会もまあ一生にそうあるもんじゃないから悪くはない。東京は暑かった。
金曜はいつもどおりの一日だったが、来週に「語学発表会」があるので、その準備で忙しかった。
土曜は生活班のみんなで「駒ヶ根キャンプセンター」で泊まり(飲み)。コテージ二軒を借り切って時間を気にすることなくだらだらと飲めたのがよかった。コテージもすごくきれいだった。ただ暖房が追いつかなくてかなり寒かったので、これからさらに寒くなってくるとちょっときついかもしれない。
日曜は朝から野球。コテージを早目に切り上げて、アルコールが抜けらないまま2試合やった。さらにその後はバーベキューで迎え酒。夕方にはさらに駒ヶ根ファームでのみ。とにかく最後の週末ということで、みんなとの時間を大切にしたかった。というわけで語学発表会の準備はずっと後回し。ま、なんとかなるだろ。
2004.11.15 (月) 75/79
今日と明日の語学発表会で語学も終了。
今日は出国時のスケジュールに関するオリエンテーションがあった。成田→サンティアゴまでなんと27時間もかかることが判明。それに地元→成田、サンティアゴ→現地JICA事務所までの時間をプラスすると、とんでもなく長い一日になる。ま、地球の裏側まで行くんだからしょうがないのか。それにしても他の中南米へ行く隊員の場合はほとんどアメリカ経由で乗り継ぎが一回、もしくは経由地で一泊したりするのに、チリの場合だけ乗り継ぎ2回の宿泊なし。きついわ。
2004.11.18 (木) 78/79
ついに訓練も明日で終わり。とはいえ実質的には今週の月曜日の語学発表会が終わった時点でほぼ終わっていて、その後は片付けとか出国前のオリエンテーションとかばっかりだった。今日は午前中に実家に荷物を送ってしまったので随分部屋が広くなった。午後から壮行会と称して候補生、その父兄、職員、語学の先生等交えて話をする予定。今は宿泊棟の掃除が終わってちょっと落ち着いたところだ。
(追加)
壮行会、その後アルコールありの飲み会In K.T.Cがあり、最後の夜が更けていった。歌う人、踊る人、すっかり定番になっちゃったけどふんどし姿になる人、外に繰り出して飲む人等々みんな思い思いに時間を過ごした。
2004.11.23 (火) 随分とんじゃったけど
まあしょうがない。訓練所を出てから今までパソコン開けるような暇がなかったんだから。
まず79/79、訓練所での最終日について。
最終日は合意書なるものに判を押して、所長の激励を聞いたらすぐに解散。午前10時頃からみんなでチャーターしたバスや家族の車で。晴れて「候補生」から「隊員」になった人たちが続々と訓練所を去っていった。行く国が違えばもう2年間は会えない、いや、場合によっては帰国後も全く顔を合わせないことだってありうるわけで(帰国は各隊員バラバラ)、みんなしんみりしてしまった。自分はその後も駒ヶ根ファームで飲むつもりだったので、訓練所に最後まで残って隊員たちを見送った。
駒ヶ根ファームで飲んだ後は東京、名古屋、大阪方面のバスに分かれてさよならを言った。自分は東京で友達に会う予定だったが、東京についてからも数人の候補生と飲んだ。ここでみんなと別れて自分ひとりとなった。その晩はカプセルホテルに泊まったのだが、訓練所の集団生活にあまりに馴染みすぎていて、ホテルの雰囲気がちょっと気持ち悪かった。食堂や風呂場、たくさん人がいるのに全く会話がない。まぁここでは見ず知らずの人ばっかりなんだから当然なんだけれども。人とすれ違うたびに、訓練所での習慣になっていた「お疲れ様です」が口から出そうになって大変だった。
翌日、翌々日は東京近辺の友達に会った。大学の同級生たちは社会人2年目で、そろそろ自分の置かれた状況がいろいろ見えてきて将来のことをまじめに考えたい、とか転職したい、という人が多かった。それに引き換え自分は未だにどっちつかず・・・。それから日曜日は国際協力業界の就職セミナーがあって、自分のキャリアについていろいろと相談してもらった。協力隊として、現地での活動も不安だけど、それ以上に気になるのが帰国後の就職。JICAのほうで支援体制がないわけでもないが、どれほどあてになるのか分からないし、自分でどうにかできればそれに越したことはない。ポジティブな(というか楽観的な励まし的)アドバイスあり、逆にビシバシ厳しい批判ありで、なかなか面白かった。特に自分の将来プランについてかなり批判的なことを言われたのがよかった。なかなかあそこまで遠慮なく言ってくれる人はいなかったから。
2004.11.26 (金) 出発までの準備
出発までの二週間、いろいろ準備することがあるが、昨日は表敬訪問を済ませた。新聞社やテレビ局が何社か来ていた。
今日は注文していたスーツケースが届いた。前回までは兄貴のお下がりのサムソナイトを使っていたのだけれど、かなりハードな使い方をしたために壊れてしまった。あとから考えれば確かにあのスーツケースのコロは空港とかのきれいで滑らかな床の上で転がすもので、間違っても石畳とか段差だらけの歩道とかで使うものではなかった・・・。そのために、一代目サムソナイトはコロがぼろぼろになって交換が必要だったのだけど、かなりの年代物で型が古く、修理に時間もお金も、結構かかるという話になってしまったのだ。コロは一個だめになっただけでも、全体のバランスをよくするために結局4つ全部交換したほうがよく、そのためには12,000円程度かかってしまうというのだ。それならもうちょっと上乗せして新品を買ってしまうのも悪くないかなぁ・・・特に今回は出発までに間に合いそうもないしなぁ。というわけで新品を買うに至ったのでした。
二代目サムソナイトはさすがに新しくハンサムだ。それにハンドルもついているので転がすのが随分楽そうだ。しかし基本的なところは全然一代目とかわっていないので、一代目も車輪さえ交換できればまだまだ使えるのになぁ、ともったいない気がする。うちの父は自分で直すとかいっているけど、復活するかどうかは微妙だ。協力隊が終わってから、こんなバカでかいスーツケースを使うチャンスがあるんだろうか。
2004.11.29 (月) todo sobre mi madre
KTCでスペイン語の勉強に見た映画。そのときには字幕ナシで見たので展開がさっぱりわからなかった。
が今回はレンタルビデオで見つけた。当然字幕付で、やっとこさこの映画のよさがわかった。
主人公のマヌエラはかっこいい。映画の中では主人公にも周りの人間にも、ろくでもないことばかり起きる。で、大抵の人間はそれを真正面から受け止めるのが怖くて、どうにかしてごまかそうとする。でもマヌエラは違う。悲しみを真正面から受け止めて、それを克服しようとしてた。